造船です。造船は受注から始まり、命名・引き渡しで終わります。

造船所の見学です。サノヤス・ヒシノ明昌の水島造船所の見学です。岡山倉敷歴史の街散策(5)

工場見学です。工場は、お菓子の工場や、うどんの工場ではありません。大きな、船を造る造船所です。造船所の工場見学で、十万トン級の船が造船される過程を見学しました。

今夜、泊まるホテルは倉敷シーサイドホテルです。ここに一旦立ち寄って、荷物を預けて身軽になります。

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ホテルのロビーには、大きな鎧甲がおいてありました。

鎧兜は戦いの身体防具として身を守るという大切な役目を持っているため、五月人形の中心の飾りになりました。男の子の誕生を祝い、無事に成長して、強く、立派な男の子になるようにという家族の願いがあります。

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これからヘルメットを被って工場見学です。見学させていただく工場は、株式会社サノヤス・ヒシノ明昌(上田孝社長、創業明治44年(1911年))の水島製造所です。工場に入る前に、注意事項があります。簡単な船ができるまでの造船の過程の、ビデオ研修があります。

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株式会社サノヤス・ヒシノ明昌は、これまで合併した3社の社名が残っています。平成2年(1990年)10月に、株式会社サノヤスが菱野金属工業株式会社と合併して、さらに、平成3年(1991年)4月に明昌特殊産業株式会社が合併して、株式会社サノヤス・ヒシノ明昌産業株式会社となりました。

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水島製造所は昭和49年(1974年)に、株式会社サノヤス水島造船所として操業を開始しています。松葉博雄は、造船所を見学するのは初めてです。

上の方から、鉄の鋲1本でも、頭に当たると大変なので、ヘルメットを被ります。服は、汚れないように、クリーニングされた作業服に着替えます。首の周りは、真新しいタオルを巻いて、体制ができました。

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生憎の雨なので、ヤードに入るまでは、見学用のバスにのって移動します。工場の現場は、企業秘密があり、事前に写真を撮ってもいいですか?と、確認をしました。設計部門は、企業秘密がいっぱいですが、鉄を切り刻む工場は、写真を写してもよいそうです。安心しました。

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船ができるまでの工程は、①契約、②鋼材切り出し、③起工、④ブロック製作、⑤ブロック搭載、⑥進水・出渠、⑦試運転、⑧命名・引渡し、と大きくわかれます。

製鉄会社より納入された鋼材は最大で約20mの長さがあるそうです。鋼材は、様々なサイズや形に切り出されていきます。これは、服を造る場合、布地を裁断するように、裁断したパーツは縫い合わされるように、細かい製造工程があります。

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鋼材はとても重いので、人力では移動できません。1つ1つの鋼材を、電気マグネットでくっつけて、クレーンで移動します。クレーンが天井を移動するときは、危険を告げる警告音が工場に鳴り響きます。

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工場の中は、クレーンの音や鉄をたたく音、溶接の音などで、説明の声が、よほど近くに行かないと聞き取れないほどの騒音です。先ほどまでただのベニヤ板のように長方形だった鋼材が、設計どおりに切り出されていきます。

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どんどん細かい部品にわかれていきます。鉄板をどんどん切断していくと、パーツがたくさん分かれてきて、組み立てるときには、一体どの部品がどの部分なのか、まるで、プラモデルの組み立てのように、難解になってきます。

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しかし、プラモデルと違って、造船の部品は、コンピューターグラフィックで管理されていて、どれがどの部分か、記号が書き込まれています。

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小さな部品を組み合わせて、だんだんと大きな部分を製造していきます。さらに、中くらいのパーツをまた組み合わせて、もう1つ大きいパーツを製造します。

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工場の中で、かなり大きなパーツになるまで組み立てることができます。1つのパーツは、200トン~300トンまでの重さになって、それを、クレーンで、移動させ、ドックへと運びます。

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造船の工場には、かなり広い土地が必要です。およそ10万坪あるようです。向こうの方は見えないくらいです。

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製作された部分を屋外のドックで、搭載接合されていき、一つの大きな船の形になっていきます。サノヤス・ヒシノ明昌の得意分野は、パナマ運河を航行できるパナマックスバルカーの建造です。一隻に、約9000トンの鋼材を使って、十万トンクラスの船を造ります。

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船の形ができあがっても、

内装工事や計器の取り付けがあります。各装備の最終調整、仕上げが完了すると、今度は海上試運転を行います。船の性能を実際の海を航海して確認します。

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すべての建造工程を終えて、命名・引渡式が執り行われ、やっと船主に引き渡されます。 建築で言うと、設計・施工完了まで、およそ一年半~2年くらいでできるようです。

 

2011年5月11日(水)