京丹後市の豪商稲葉本家の稲葉夫人は幼なじみのyukiちゃんです。
投稿No:7983
yukiちゃんは海が大好きで、明石海峡を一日見続けても見飽きないようです。
豪商 稲葉本家の稲葉夫人をおもてなし
京丹後市の豪商稲葉本家の稲葉夫人を淡路島に招待しました。
稲葉家の本家は、個人で維持出来るレベルではないので、
稲葉夫人のYukiちゃんはご主人が家屋敷を文化財として京丹後市に寄付することに賛成したそうです。
以前に京丹後市に招待して頂いたので、今回はお礼に淡路島に来て頂きました。
2013年8月に稲葉本家を訪れた時の回想です。
稲葉本家は、享保20(1735)年、幕府の公金預かり所となりました。
稲葉家本家の菩提寺、西方寺のすぐ前が、稲葉家本家の住宅です。
稲葉家本家の住宅を、文化財付きで、久美浜町に提供した後は、住宅の管理は、もうyukiちゃんから離れました。
広い広い稲葉家本家の住宅は、夏になると、草ぼうぼうに雑草が茂り、
毎日毎日草むしりが、yukiちゃんの日課だったそうです。
屋敷の広場には、以前は土間だったところに、今は芝生が植えられています。
稲葉本家の蔵は、蔵資料館となっています。入場料は、無料です。
yukiちゃんは、以前に住んでいた住宅ですが、久美浜町に提供した後、
この住宅を訪れるのは、初めてのようです。
今管理している係の人は、yukiちゃんが、この住宅の元の主であることを知らないまま、この住宅についての説明を始めようとしていました。
この写真は、元の稲葉家本家が商売をしていたときの、中心の場所です。
稲葉本家には、宝蔵としての2つの内蔵と、金蔵・米蔵・道具蔵などの外蔵があります。
現在、その蔵を稲葉家の資料をはじめ、町に縁のある人達の作品展示や、
また町内外から訪れた人の陶芸・お香体験の場として活用しています。
久美浜にまつわる作家の、絵とか写真の展示用になっています。
稲葉家本家は、国登録有形文化財(平成15年1月31日指定)の指定を受けています。
1.母屋(明治23年竣工)
2.長屋門(通称雛御門)
3.南宝蔵
4.北宝蔵
こんな重要文化財を、個人が維持できる訳がありません。
ご主人の稲葉昭次さんと、yukiちゃんが相談して久美浜町に文化財を提供したのは、納得できます。
以前は、屋敷はもっと広かったそうですが、一部を割譲して、700坪くらいの屋敷になりました。
庭の一隅に、第13代稲葉市郎右衛門の像が建っていました。
この銅像は、旧国鉄宮津線の敷設や産業復興に貢献した稲葉翁を顕彰して、昭和25年熊の群町村会によって建立されました。
yukiちゃんに尋ねると、稲葉家の隆盛の元は、糀を商った事から始まっています。
糀は、お酒・味噌・醤油に使うので、用途も広く、利幅も大きかったようです。
少しずつ、富が貯まり、それを借りに来る商人や大名が増え、
担保にいただいた土地や骨董家財が増えて、それを保存する蔵も増えていったようです。
稲葉家本家の屋敷を、あちらこちらから写真で写していくと、
素晴らしい文化財であることが、よく分かります。
2013年8月8日(木)
おもてなしは松茸入りのすき焼
おもてなしの夕食は、外食ではなくて、松葉庵でマツタケを使ったすき焼きを作りました。
鍋奉行は松葉博雄です。
yukiちゃんとは幼なじみの親戚のお嬢ちゃんでした。
それがお互いに年を重ねて、昔の面影から離れたように思っても、
yukiちゃんは今でも私のことを幼い時と同じように、ひろちゃんと呼んでいます。
奧さんが食材を調達してきました。
すき焼きのお肉は、神戸そごうの大井で購入して、松葉庵まで運んできました。
食事の支度をしている時に、出てくる話は幼少の頃の話です。
幼い時から私はじっと座っている人ではなかったそうで、
何か考えて自分で次はどこに行くとか、次は何をするとかを提案していたそうです。
yukiちゃんは海が大好きだそうです。
海を見ていると、一日中見ても、飽きないそうです。
今住んでいるのは海から少し離れている場所なので、海を見ようとすれば、
車に乗って海辺まで行かなければ見えません。
松葉庵からは、すぐ側に明石海峡と明石海峡大橋が見えるので、
とてもこの景色が気に入ったようです。
ガラス窓を多くとった開放的な間取りなので、大阪湾や神戸の空港も一望できます。
スマホを取り出して、何枚もの写真を撮っていました。
どうしてそんなに写真を撮るのか尋ねてみると、
この景色をスマホに保存しておいて、気の向いたときにスマホの写真を見れば、しばらくは海が見たい気持ちがおさまるからだそうです。
京丹後市の久美浜の別荘も、海辺の近くでした。
日本海の海は、島は見えません。
海を行き来する船も少なく、冬になると冷たい風や雪が吹くので、温かい海とは趣が違うようです。
松茸とお肉もスマホで撮っていました。
友達に見せて、こんな景色の良いところで、こんなご馳走しておもてなしを受けたことを話したいそうです。
yukiちゃんの身の上話を書けば、きっともっともっと深く知りたいと思うほど、数奇な運命を辿っています。
親戚縁者の話をすれば、私の奧さんにも繋がる親戚が登場して、話が弾みました。
yukiちゃんも私も奧さんも、共通の親戚筋と繋がっていて、
その親戚の親戚まで辿れば、三人はフェイスブックの友達のように繋がりました。
奧さんがこまめにあれこれお世話をしているので、yukiちゃんから見ると、
なにもしない私はまるで役立たずの旦那さんのようです。
でも、鍋奉行は私です。
奧さんでは美味しいすき焼きや他の鍋料理は味付けがうまくいかないのです。
今夜は満月
今夜は東の空から満月が浮かんで昇っていきます。
話に夢中になっている間に、海から上がったお月様は、どんどん高くなっていっています。
明石海峡大橋の夜景にもとても感動していました。
こんないい景色はなかなかないよ、よくこんな良い場所を見つけたねと褒められました。
私が幼い時に育った家が、とても広いお家だったので、
幼い時、yukiちゃんはうちの家に遊びに来たときに、家の広さに驚いていました。
子供にとって家が広ければ、遊ぶ事が多く、隠れん坊などでとても盛り上がりました。
お風呂場がすごく広かったねぇと話してくれて、忘れていた昔の家の記憶を呼び起こしてくれました。
お風呂場の脱衣場は8畳ほどの広さで、風呂場はもっと広かった事を覚えていました。
幼い頃は体が小さいので、家や部屋が広く見えたのかもしれません。
今夜は、月を見ながら明石海峡大橋を見ながら、懐かしい昔話が弾みました。
2018年10月24日(水)