マラッカは、欧州列強に支配された街で、独特の文化を形成した、海峡の古都です。

マラッカの世界文化遺産めぐりの最初は、中国様式のチェン・フー・テン(青雲亭)寺院の参拝からです。   マレーシア旅行記(19)

ニョニャ料理を頂いた後は、世界遺産のマラッカに向かいます。その前にまた、旅行会社のアルバイトで、提携した土産物屋に寄ります。

バスから降りて、土産物屋に入ると、お店の人が待ち構えていて、日本語でこれから一番売りたい商品の説明を始めました。どうやらここでは、薬を売りたいということが分かります。

一般の店で買う機会を作りません。ほとんどが提携先の土産物屋で、土産を買うことになっているので、割高だということが分かっていても、いつまでもなにも買わない訳にもいかず、少し買い物しました。

土産物屋を出て、しばらくすると、世界遺産のマラッカの街に入りました。車を停めて、車から出て、

SUMさんの後について、はぐれないように、ついていきます。

両脇には、観光客目当てのお店が、延々と続いています。一軒一軒覗いてみたいところですが、ガイドのSUMさんは、早足で先に進むので、お店を覗くこともできません。

これから行くところは、チェン・フー・テン(青雲亭)です。この周辺の雰囲気は、チャイナタウンです。

これは、マレーシア最古の中国寺院です。1646年建立の中国南方様式の寺院で、極彩色の装飾と、朱塗りの柱や梁が目を引きます。三国志に登場する、関羽や媽祖が祀られ、参拝者の姿が絶えることはないそうです。

こちらはお祈り用の、ろうそくです。この寺院の建築材料は、全て中国から運んできて建てられたそうです。

植民地支配の時代、中国人の人達に、仏教寺院の建立を許し、併せて儒教、道教などのお寺の建立を許した時、建てられたお寺です。

ひとつのお寺の敷地の中に、あれこれと異なるご本尊様が、並列して祀られています。本殿には観音菩薩が祀られています。中国仏教・儒教・道教が混合するお寺です。

マラッカの歴史は、マラッカ王国から始まり、中国の明との間に、良好な朝貢関係がありました。16世紀初頭にはポルトガル領となり、その後は、オランダ、イギリスの植民地として、支配を受けてきています。

そのため、マラッカの町並みは、アジアと西洋が融合した文化を創っています。2008年7月、マレーシアでは初の、ユネスコ世界文化遺産に登録されています。

様々な神や仏を取り入れている寺院だそうです。一つ一つに線香を供えます。

本堂の周囲を、ぐるっと回ってみました。いろいろな神様仏様をお祀りしています。

仏教のお寺では、お経のゆるやかな曲が流れています。この、阿弥陀仏をたたえるお経のCDが欲しいのですが、お寺の売店ではCDは売っていませんでした。

日本の神社でも、周りにあちらこちらの神社の分詞があります。同じように、ここでも本堂の周りに色々な宗教の分詞が、ぐるりと周りにありました。

やはり、馴染みがあるのは、ブッタと三国志の関羽です。

一人でぐるりと回っていると、グループと離れてしまいそうなので、慌てて皆さんのいる場所に戻りました。

まだまだゆっくり回りたいのですが、ガイドのSUMさんは、急ぎ足です。人数を確認すると、急いでバスの方向に戻ります。

歩きながら見ていると、この地区は東洋でありながら、西洋の支配を受けて、独自の文化が発達した混合文化が感じられます。

一般に、植民地支配を受けると、独立した後は、植民地時代の痕跡を消そうとすることが多いのですが、マレーシアのマラッカでは、その時代を認めて残しておいたので、世界遺産に登録されることになりました。

2014年3月16日(日)



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