神戸三宮さんプラザビル:さんプラザビルは神戸市の外郭団体です。神戸市が三宮市街地改造事業を発表し、さんプラザビルが出来ました。今日は、40周年記念祝賀会です
さんプラザビルは神戸市の外郭団体です。神戸市都市計画局の主導で、さんプラザビルが出来ました。今日は、さんプラザ40周年記念祝賀会です
神戸三宮さんプラザビル3階に、さんプラザコンタクトレンズを開設した時期と、さんプラザビルがオープンした時期は、ほぼ同じ頃です。
さんプラザビルは、神戸三宮の中心地、センター街に面しています。さんプラザビルは、1971年(昭和46年)に開館し、その後、センタープラザビル、そして、センタープラザ西館、3つの市街地開発ビルが完成すると、3つのビルを合せると、デザインはまるでひとつの船のような形を描いています。
と、このような説明が、開会式の時に紹介され、それから、40年経っています。さんプラザコンタクトレンズは、ほぼ同じ頃に設立したので、40周年記念が近くなってきました。
さんプラザビルが建てられたのは、都市計画に基づいています。理想的な計画から、現実的な都市計画作りに移り、神戸市では、三宮の中心地である、センター街で行なわれました。
さんプラザ40周年祝賀記念の会場は新幹線の新神戸駅の近くの、ANAクラウンプラザホテル神戸です。
さんプラザ40周年記念事業実行委員会の委員長は、大村景太さんです。記念事業の中に、永年勤続社員の表彰がありました。
さんプラザビルに出店する店舗の中で働く、永年勤続社員を表彰するのです。松葉眼科 さんプラザコンタクトレンズの従業員の中からは、松葉眼科に20年以上も永年勤続している田野さんが表彰を受けました。
さんプラザビルは、センタープラザビル、センタープラザビル西館と統合して、サンセンタープラザの名称で株式会社組織になりました。つまり民営化です。神戸市では外郭団体が沢山あります。 サンセンタープラザはその内の一つです。
外郭団体を束ねるのは、神戸市です。外郭団体の経営責任者は、神戸市から派遣されている例がもっとも多くあります。
当初の開発時から市場環境は大きく変化しているので、神戸市は神戸市都市計画総局外郭団体あり方検討委員会を設置して、外郭団体の整理を検討しています。
神戸市が管理する、管理会社である、さんセンタープラザビルの元社長の鶴来紘一さん、東村衛さんとは、久しぶりのご対面でした。
いつもメンテナンスでお世話になっている、つるかめ管財の井上景之(寛之)社長、三宮プラザ名店会の原田兼嗣社長とは、顔馴染みなので、話が弾みました。
さンプラザビル40周年記念のステージでは、風さやかさんの歌と踊りがあり、歌を聴き、踊りを見ながら、食事が進んでいます。
さんプラザ40周年の中で、もっとも大きな出来事は、1995年の阪神淡路大震災でした。あの時には、さんプラザビルが全壊しました。
さんプラザビルの全壊に遭遇し、松葉眼科とさんプラザコンタクトレンズは、阪神淡路大震災復興に取り組んできました。
1995年の阪神淡路大震災で営業を再開した時の記憶に残ることは、当時のテナントが随分と決断に迷いました。それは、今すぐ再開するか、新たな超高層ビルを建て直すか、という、選択肢でした。
神戸市都市計画局が企画し、管理会社が日常の管理をし、商店街のオーナーの協力があり、テナントの運営により、さんプラザビルが上手くまわっています。
今日のたくさんの出席者の顔ぶれを見ると、このように感じました。
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