阪神大震災をぴったりと予言した占い師の先生がいました。この占い師の先生は、震災が起きる前から神戸の摂津本山地区あたりの被害について予想をしていました。:阪神淡路大震災後44日目~50日目

 三宮地下街『さんちか』で、一部の店舗の営業が再開されました。


≫「アサヒグラフ緊急増刊号より「阪急伊丹駅」
阪急電鉄は全線復旧に6月12日までかかることになりました。

今日から採用したM君、Y君の二人の従業員が入ってきました。

この二人に対して先輩の小山君は名前を呼び捨て、えらそうな態度をとっているので、これを注意しました。早速先輩ぶっているのはちょっとよくないと思いました。

今は大変な状況なので、平時のような先輩、後輩の関係を意識しているよりも、こんな大変なときによく助けに来てくれたという、感謝の気持ちを持って後輩に接するようにという意味の注意でした。


今日は、三宮地下街の「さんちか」が一部で営業を再開しました。「さんちか」は今回の震災でも被害の程度は軽く、神戸の商店街の中心として、少しでも早くお店を再開してくれたことを嬉しく思いました。

暗いイメージの三宮から、人が集まる明るい三宮に戻るためには、まず起き上がれる人から起き上がり、そして回りに元気な存在を示すことから復興も進んでいると神戸以外の市町村からは評価されると思います。

この地下街は三宮駅から市役所へ通じる重要なルートでもあります。雨の日や風の強いときは、これまでこの地下街を皆さんは利用していました。今は埃が街中に漂い、それが花粉と混じり合い、目にはとっても大きな障害となっています。これを避けるにも地下街のルート確保は人出を増やすために大切なことなのです。

三宮駅から仮店舗である今西ビルまでは、地下街を歩いてきていただくのが便利なのですが、営業再開とのことで、より一層のお客様の来店が期待できます。

阪神淡路大震災44日目:1995年3月1日(水)


今日はお休みの日なので、休みを利用して健康診断のためにかかりつけの内科の先生のところへ行きました。

ここでちょっと心配な糖尿病の検査を受けるために血液検査をしました。結果が出るのはしばらくしてからです。

今日は、タクシーに乗った時の運転手さんから「今回の震災を震災が起きる前にぴったり当てた占い師がいる」という話を聞いたのを思い出しました。

イメージ画像:アサヒグラフ緊急増刊号より
「魚崎付近の火災」

この占い師の先生は、震災が起きる前から神戸の摂津本山地区あたりの被害について予想をしていました。

神戸のJR本山よりは南側、阪急岡本よりは山側のところで大きな災害が起きると、予言したそうです。

これはちょうど魚崎から摂津本山あたりにぴったりの場所です。

そこで、占いを信じた人たちは、今回の大地震が起きる3年も前から、神戸の街から占いの先生について移住し、兵庫県の社町の方に住居を移したということです。

私の奥さんはこの占いの話しがとても気になっていたので、是非占いの先生のところへ連れて行ってほしいという強い希望を聞いていました。

今日のお休みを利用して、この占いの先生のところへ行きました。予約もしていませんし、まずどこにお住まいなのかも知らないので、一応の勘をつけ、尋ね尋ねながらたどり着きました。

そんな状態なので、今日は突然の訪問だったので、この先生は残念ながら不在でした。またの機会ということになりました。会えなければ会えないで、とっても残念な気持ちが湧いてきて、またの機会を待ちます。一応、置手紙は置いておきました。

阪神淡路大震災45日目:1995年3月2日(木)


【イメージ画像】神戸新聞社刊「阪神大震災全記録」より

「三宮の交通渋滞」

今日はお雛祭りの日です。今年のお雛祭りはお休みです。家財がひっくり返ったので、お雛様は見つかりません。

今日はとっても通勤が混雑していました。三宮に岡本から来るのに2時間以上かかりました。来るだけでも大変ですし、しばらくして仕事した後、帰宅するのも大変です。いっそのこと、職場に寝泊りできたらいいのになぁと思いました。

 阪神淡路大震災46日目:1995年3月3日(金)


今日は自宅からバス停まで歩き、通勤バスに乗って出勤しました。思いのほか渋滞が軽く、あまり時間はかかりませんでした。

今日は応援に礒端さん、太田さんが出勤してくれました。来客はさらに増えてきて、とても嬉しく思いました。大変忙しい1日でした。


従業員のAさんは、皆さんが罹災して困っている時期ですが、ご自分は被害が少なかったので、この時期に長期休暇を申請してきました。

それはスキーに行きたいということで、そのスキーのための休みを申請してきたのですが、やはりこれは全体の被害の状況を見ると、配慮の欠如を感じました。

阪神淡路大震災47日目:1995年3月4日(土)


大変忙しい1日でした。もともとこの3月から4月にかけては、入学、進学、就職などの人生の節目の時期なので、この時期には、視力矯正のためのコンタクトレンズやメガネの購入のシーズンとなっています。

阪神淡路大震災48日目:1995年3月5日(日)


今朝の新聞を読むと、今回の阪神淡路の犠牲者の四十九日目であり、昨日は合同慰霊祭が行われたようです。私たちも仕事の前に犠牲者のための黙祷をしています。

阪神淡路大震災49日目:1995年3月6日(月)


【イメージ画像】アサヒグラフ緊急増刊号より

震災から50日が経過しました。住むところを失った多くの方には、神戸市をはじめ関係する市町村が仮設住宅の設営と入居の案内を各地で行っています。

今も通勤途上では、公園などの公共スペースにはテントを張り、そこで生活をしている罹災者の方々の姿が見えます。

仮設住宅を作るにしても、職場の近い市街地には広いスペースは求められないので、これまで空いていた場所といえば、やや交通機関の不便なところとなります。しかし、不便なところに行くよりも、市街地の方が仕事にも直結するから、ここから移りたくないと思う方も多く、行政当局は困っているようです。(当日の神戸新聞を参照)

阪神淡路大震災50日目:1995年3月7日(火)



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