震災から立ち上がっています。しかし退職者もあります。 :阪神淡路大震災後27日目

震災後、三宮の企業間競争が始まりました。  応援と売上の喜び

今日は日曜日で、本来ならそろそろたくさんのコンタクトレンズのお客様が来られる春のシーズンの前兆が始まりそうな時期です。

≫居所を示す貼り紙
(アサヒグラフ緊急増刊号より)

それが、震災による混乱と店舗の移転のために、果たしてどれだけのお客様が来られるか、不安なシーズン前となりました。

一応、先日投函したお伺い書の葉書がお客様の手元に届き、その反応が今日はあるのではないかと期待しています。お昼を過ぎて、少しずつ来客が増えてきました。

移転先の地図を簡単に記載しただけの案内図ですが、これを頼りに市役所までの地下道を通り、市役所から少し離れた今西ビルを探しながらわざわざ埃の中を訪ねてきていただいています。

まだ、春には少し遠く、寒さが身に染みる時期ですが、少し陽が当たると、これまでとは違った春の暖かさを感じさせてくれます。市役所の中央入口部分には、震災による罹災者が多く避難して来ていて、今はこの市役所の入口ホールで寝泊りをしている罹災者の方が溢れています。

お客様がいらっしゃる前に、午前中の暇な時間の中で、さらに告知活動を活発にするために、店舗は従業員に頼んで、息子と二人で「私はここにいます」のビラを点検して回りました。

JR三宮駅からそごうに繋がる陸橋には多くの人の行き来がありましたので、ここに我が社の移転先情報を貼りつけていました。しかし、点検に行ってみると、我が社が震災移転先情報を貼っている上に、ライバルの会社がその上にコンタクトのチラシを貼っている例を多く見つけました。

剥がしてみたところで、糊が付いているので、下地になった我が社の「私はここにいます」の告知の文字は汚れて読めなくなります。そこで、剥がすことはあきらめて、また別の場所に貼って歩きました。

息子には、私がおこなう震災復興活動を生きた教材として、親の背中を通して阪神・淡路大震災の大混乱とその復興を見るように、しばらく私のそばに一緒にいましたが、そろそろ学校に戻らないといけないので、いったん今日、寮に帰しました。

何人かのお客様が次々と来られ、その接客対応に熱中している時ですが、思いもかけない出来事が起きました。突然ですが、「松葉君はここですか?」と受付で聞き覚えのある声が聞こえました。

誰かと思えば、四日市の知人の杉本正夫さんでした。四日市からわざわざ神戸まで訪ねてお見舞いにきてくれました。大きな声で頑張れよと励まされると大変勇気づけられます。

杉本正夫さんは来る途中、途中で、倒壊家屋やビルの崩壊の状況をつぶさに見てきていたので、神戸の現状を見て大変驚かれたそうです。

まだまだ取り壊していない倒壊の状態が続いていますので、それらを見ると神戸の大変さが分かったようです。やはり、テレビや新聞で知ったことと、現実に現場の状況を目で見たこととは、かなり迫力が違うようです。

お店も開いていないので、遠くから来ていただいた知人をもてなすこともできませんでした。もちろん、今そのことは十分にわかっていただいていると思いつつも、なんのおかまいもできなかったことを心苦しく思いました。

仕事の邪魔にもなるのでと言われ、しばらくしてから帰りの時間もあるので、激励の気持ちと言葉を残して帰っていきました。

上田勝弘先生は、大阪から震災見舞いに来て下さいました。芦屋から神戸に近づくにつれて、家屋の倒壊が増え、今までに見たことのないような震災の被害に驚いたという事でした。

仕事の復旧がやっと始まったばかりですが、始まるととたんに、従業員からの相談が出てきました。何かと言えば、退職の話しです。

世間では応援の気持ちを込めて、「頑張ってね。頑張ってね」と言われますが、実際、震災の真っ只中にいる人は、いつまでも頑張り続けることはとても苦しいのです。この苦しみは自分だけの問題ではなくて、その周りの環境が大きく原因となっています。

【イメージ画像】阪急三宮駅(アサヒグラフ緊急増刊号)

一つの例としては、通勤の問題です。なにしろ、三宮地区は西と東が分断され、西に行くにも、東に行くにも、そこまでたどり着くだけで何時間も辛抱強く行列を待たなければなりません。冬の夕方は陽が沈むのが早く、帰りのことを考えると、気が重くなります。早く行列の先頭に並ばなければわずか1分の遅れは、その後の2,30分の遅れに繋がります。

このような状況なので、仕方がないので退職を許しました。

今日の日曜日の終わり頃になって、売り上げと来客の集計をしてみました。嬉しいことに数日前に投函したお伺い書の効果があらわれてきました。予想を超える売り上げがありました。

もちろん、これは昨年の今日には及びもつきませんが、まだ復興ができていない方が多い中で、ビジネスが始まり、お客様が戻ってきて、それが売り上げを作ったことなので、とても嬉しく思います。

 阪神淡路大震災24日目:1995年2月9日(木)



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