アメリカ軍上陸 当時の恩納村の写真 今は平和な恩納村 第85回沖縄訪問(4)

アメリカ軍上陸 沖縄恩納村遺族会の沖縄戦後史を読み、アメリカ軍上陸当時の恩納村の写真を見ました。
【沖縄の伝統行事と伝統的文化に触れて、ますます沖縄の心が好きになりました その4】

朝起きてみると、少し曇りです。雨が降っていないだけ、マシです。

さて、今日は何をしましょう?海を見てみると、波は穏やかで、あまり荒れていません。

恩納村

今日は海に行く予定はないので、まず、朝日会に行きました。

昨日、冨着信常さんから、「朝日会で沖縄そばを作るから、来ませんか」という、朝ご飯のお誘いがあったのです。

冨着信常さんが沖縄そばを湯がき、松葉博雄が味付け担当です

朝日会で、沖縄そばを頂くことにしました。

前兼久魚港に行って見ると、ダイビング客が集まっています。

冨着信常さんが沖縄そばを湯がき、松葉博雄が味付け担当です

沖縄そばを湯がいて、そばを作ります。

卵を溶いて卵焼きを作り、豚肉の3枚肉の代わりに卵を乗せます。

金城千賀子さんのお店で、戦争の時の歴史の本を見せてもらいました

なかなかいい味に出来ました。

ネギを刻むのは、松葉博雄の担当です。

朝ご飯を頂いた後は、金城千賀子さんのお店に行きます。

金城千賀子さんのお店で、戦争の時の歴史の本を見せてもらいました

アメリカ軍上陸 恩納村

お店には、沖縄の戦争の時の歴史の本がありました。

見せて頂くと、当時の沖縄の状況が蘇ってきます。

国際通りの終戦直後の状況です

国際通りの終戦直後の状況です。

国際通りの終戦直後の状況です

アメリカ軍が読谷から上陸して、恩納村に攻めてきて、日本が降伏した頃、山に篭っていた人達が、どんどん降参して出てくる写真がありました。

読谷の海に上陸しているところの写真です

皆さん、収容所に入れられました。

読谷の海に上陸しているところの写真です

アメリカ軍が、読谷の海に上陸しているところの写真です。

この本は、恩納村の遺族会が発行しています

この本は、恩納村の遺族会が発行しています。

この本は、恩納村の遺族会が発行しています

第二次世界大戦では、終戦間近には、沖縄が、戦場となり、本土よりも先に攻撃され、多くの民間人が戦争の犠牲者になりました。

第二次世界大戦では、終戦間近の様子です

こういう大変な思いがあったことを忘れてはいけません。

第二次世界大戦では、終戦間近の様子です

ひめゆりの塔は、その悲惨な戦争の代表的な事例ですが、ここ恩納村にも、アメリカ軍が上陸し、洞窟や洞穴に立てこもって、隠れたいた民間人と軍隊とが、一緒に攻撃されて、多くの戦死者が出ています。

ひめゆりの塔

 

アメリカ軍上陸は昔のことになってしまいました

沖縄の終戦当時の遺族会が発行した写真を見ていると、クレアちゃんが側にいました。

クレアちゃんは、昨日は熱を出していましたが、昨日よりもちょっと元気そうです。

米須勇さんが育てているパッションフルーツ

金城千賀子さんのお店の後は、山城利雄さんのお家に行って、沖縄訪問のご挨拶をしてきました。

山城利雄さんは、昨夜は、清明祭で、お墓の周りで、ずっと遅くまで門中の人達とずっと飲んでいて、やや飲みすぎたようで、今朝は起きたばかりだということでした。

米須勇さんが育てているパッションフルーツ

その後、米須勇さんの畑に行きました。ゴルフ場の裏にあります。

パッションフルーツ、ドラゴンフルーツなどを作っています。

以前、2005年8月に米須勇さんの農場に、登川喜永さんが案内してくれたので、今回は、道を覚えていて、自分で訪ねることが出来ました。

パッションフルーツの温室は、温度が33度あります

第1回目の収穫は終ったみたいで、たくさんパッションフルーツが並んでいます。

採れたてのパッションフルーツを少し頂きました。

出荷できないようなB級品は、真っ二つに割って、中の果汁だけを取り出して、冷凍しておくと、しばらく持つそうです。これでゼリーを作ります。

パッションフルーツの温室は、温度が33度あります

米須勇さんの農場は、ワンちゃんが留守番役をしています。

見晴らしの良い、高台にある畑です。

ここも、沖縄県から補助を受けて、農場を切り開いています。

パッションフルーツの温室は、温度が33度あります。

農作業場に作っている建物の2階から見る景色は素晴らしい景色です

パッションフルーツの栽培は、1つ1つ人工授粉をしていかないといけないので、お世話が大変です。

夜は、電気をつけて、促成栽培をします。

農作業場に作っている建物の2階から見る景色は素晴らしい景色です

農園の側では、ヤギも飼っています。

農作業場に作っている建物の2階から見る景色は素晴らしい景色です。遠くに東シナ海が見えます。

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農家の仕事は、天気との戦いであり、台風との戦いでもあります。

台風が来ることが分かると、大急ぎでテントをビニールを外すことになりますが、大抵植物は、台風にあうと、商品価値がなくなります。

苦労話をお聞きして、少しだけ体験農業をしてみることと、専門家との違いを考えてしまいました。

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2007年4月16日(月)

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