大学教授が打つ蕎麦 沖縄科学技術大学院大学 銅谷賢治教授の手打ちそば

投稿No:8516

大学教授が打つ蕎麦 銅谷賢治教授の手打ちそば 第176回沖縄訪問(12)

大学教授が打つ十割蕎麦

銅谷家で、銅谷賢治さんが打つ、手打ちそばをいただきます。

今日は大みそか、日本中で年越しそばを頂くのが習慣になっています。

銅谷賢治さんは、沖縄科学技術大学院大学の教授なので、大学院の偉い先生が打つ手打ちそばを頂けるのです。

ただし、銅谷賢治先生は気さくな方で、決して偉そうな態度はとりません。

大晦日に、年越しそばをどうしていただくのでしょうか。

蕎麦をいただく前に、年越しそばを頂く理由を考えました。

お正月の料理もそうですが、縁起物の由来は、ダジャレのような言葉遊びが多いのです。

例えば、鯛は、めでたい。昆布は、よろこぶ。と言った語呂合わせです。

年越し蕎麦も、この延長です。

年越し蕎麦を食べて 長生きできるように

ダジャレのようですが、お蕎麦のように、細く長く過ごせる事を願って食べられています。

蕎麦は、細く長いことから延命・長寿を願ったものでもあります。

今夜のメンバーの皆さんは、私と奥さんを含めて、みなさん長寿です。

織田信長は、人生僅か50年と、謡いましたが、現代では100歳の方が増えてきています。

これも、年越しそばを食べ続けたおかげでしょうか。

年越し蕎麦を食べて 金運が上がりますように

昔の金銀細工師は、細工で散らかった金や銀を集めるために、そば粉を使っていたと言われています。

そのため「そばで金を集める」から金運が上がるとされました。

越し蕎麦を食べて 来年も無病息災でありますように

蕎麦は風雨にさらされても、日光を浴びると再び元気になります。

そのため、そばのように何度も元気に蘇るようにという願いが込められています。

蕎麦と言う植物は、とても丈夫な植物のようです。

米も、麦も育たない痩せた土地でも、蕎麦は育つと言われています。

蕎麦はありがたい穀物だったのです。

年越し蕎麦を食べて 今年の不運を切り捨て、来年を幸運で迎えられる様に

お蕎麦は切れやすいため、今年の苦労や不運を綺麗に切り捨てて、新しい年を迎えるためと言われています。

切り捨てたいことは、誰もが持っている悩みです。

辛い事、苦しい事、忘れたいこと、思い出したくないこと、蕎麦を食べて、吹っ切れたらとてもありがたいことです。

そう信じていただけば、思いは叶うかもしれません。

出典 ウィキペディア(Wikipedia)

年越し蕎麦で、幸せを招きたい

大晦日に、そばを食べる習わしは、細く長くという人生の願いを表しています。

今年2019年の大晦日も、銅谷家で銅谷賢治先生が打つ手打ちそばを頂く会にご招待頂きました。

銅谷賢治さんのお母さんも、お孫さんにエスコートしてもらって、沖縄に来られています。

銅谷美奈子さんのお母さんも新潟から来られていました。

毎年頂く銅谷家の手打ちそばが楽しみです。

片山正喜さんも、一緒です。

高齢者の一年は、大きな変化は少ないのですが、若い方の一年は大きな変化が起きています。

銅谷家の長女さんは、大学を出て、今では社会人となっています。

蕎麦にはてんぷら

縁起物のクワイの天ぷらです。

芽がでるということで縁起物なのです。

私は、シイタケ昆布を長時間かけて作ってきました。

昨年シイタケ昆布を持参したら、二人のお母さんがとても美味しいと喜んでいただいたので、今年も持参しました。

蕎麦打ちが始まりました

乾杯があって、食事と酒が進んでくると、銅谷賢治さんは、手打ちそばを始めました。

まず、そば粉に水を足しながら、練り上げていく作業からです。

水加減がうまくいけば、最適なそばの硬さになります。

それを少しずつ伸ばしていき、1m四方くらいの大きさにまで棒を使って伸ばしていきます。

銅谷賢治さんが蕎麦を打っている横で、何もしないで私と片山正喜さんは飲んだり食べたりさせてもらいました。

銅谷美奈子さんは、天ぷらを沢山揚げています。

蕎麦を刻んで、毛糸を重ねたようなひものような手打ちそばが出来ました。

細さも良く揃っています。

銅谷賢治さんからそばを刻むように勧めてもらって ユメちゃんもそばきりを挑戦しています。

蕎麦の美味しい食べ方指南

蕎麦の美味しい食べ方の、おせっかい指南があります。

一、汁をお猪口に注ぎ、つゆの味を味わう

二、まずそばとつゆだけで麺を味わう

三、次に薬味として葱、わさびでさっぱりと頂く

四、山芋、卵で違った美味しさを味わう

五、最後は、そば湯で締めてご馳走様

これが指南です。

急にそば打ちやそば切りをしてみたところで、

うまくはいかなくて、私は見ているだけです。

天ぷらはどんどん揚がってきました。

熱々の天ぷらなので、どれを頂いても、美味しいのです。

そばつゆと天ぷらつゆは、私の奥さんが作ってきました。

そばを茹でて、水で冷やして、ざるに盛り付けると、打ち立てのお蕎麦を頂ける時が来ました。

どれだけ食べたのかわからないほど、沢山の天ぷらと沢山のそばを頂き、もうお腹は満腹です。

2時間半ほどご馳走になって銅谷家を失礼しました。

次は、金城家です。

金城家でも年越しそばを作って、待ってくれていました。

金城正人さんの長男ハウラ君と次男ハウル君は、だんだん成長してきて、もう私の顔と名前を覚えたようです。

ずんどう鍋には、年越しそばのそば汁がいっぱい入っています。

沖縄のそばには、豚肉を使ったソーキが用意されています。

十分おもてなしを受けているのですが、銅谷家ですでにお腹いっぱいになっているので、金城家での沖縄そばは、なかなかお腹に入りません。

もったいないことです。

2019年12月31日もあと僅かです。

ホテルで年越しの花火を見るので、金城家を失礼しました。

新年を祝う花火

ホテルの部屋からは、ムーンビーチホテルから打ち上げる新年の花火が12時きっかりから打ち上げられました。

近くのいくつかのホテルも、一斉に花火を打ちあげて、見えるのは4か所の所から上がる花火でした。

2019年は終わって、オリンピックの年、2020年の始まりです。

今年はどんなことがあるのか楽しみです。

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2019年12月31日(火)


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