離島の思い出 鳩間島 ヤシガニ生態調査目的の旅  自然が保護されていればヤシガニは生息できる(沖縄離島 1)

投稿No:8608

離島の思い出 鳩間島

離島の思い出 鳩間島 沖縄八重山地区・自然環境調査旅行記 

鳩間島へ行く目的は、鳩間島のヤシガニの生態調査が目的です。

自然が残っているところには、ヤシガニが生息しています。

反対に、自然が破壊されているところには、ヤシガニが減っています。

ヤシガニは、土地開発、販売目的の捕獲、観光客相手の見世物目的、食用などで、どんどん減少しています。

ヤシガニ研究会では、生態を調査して、環境省、沖縄県、沖縄の市町村などへ、ヤシガニの保護をお願いするために、生態調査をしています。

今回の調査先は、鳩間島です。

離島の思い出 鳩間島 民宿ポッポを追い出される

鳩間島に着いて、民宿「ポッポ」に入り、冷たいお茶をいただいてしばしホッとしていた時のことです。

民宿「ポッポ」の親父さんは、スキンヘッドで、たくましい、個性がぷんぷん溢れる、バイタリティの溢れた感じの人でした。

その親父さんが突然、私たちに対してすごい剣幕で怒り始めました。

最初は何が原因なのか、何を怒られているのか、分かりませんでした。

私に向かっては「おまえは誰に紹介してもらってきたのか」という事でしたので、私は

「蕎麦田さんに紹介をされました」という話をしましたら、「蕎麦田を呼べ」ということになりました。

一方、店の予約ノートをひっぱりだして「蕎麦田は誰だ。どこにいるんだ」

ということで電話を探していました。

そして私が携帯電話で連絡をとろうとしている時に、研究会のメンバーと一緒に蕎麦田さんがやってきました。

蕎麦田さんが事情を説明しました。

何を興奮して怒っているのかが最初は分かりませんでした。

まず第1番目に、「分宿がいかん」という話でした。

1つのグループが2つの宿に分かれて泊まるのは気にいらんということでした。

うちのルールでは、よその宿と分かれて泊まるなんてことは許されない、よその宿からあぶれた

客をもらうなんてわしは許さんのや、という主義主張をどなりちらしていました。

私たちは、予約のときにそんな主義主張は聞いていなかったので、はるばる鳩間島に着いたその

時にルールを言われても困惑しています。

興奮してどなりつけている中で、もう一つ理由がなんとなく伝わってきたのは、

どうやらヤシガニ研究会のことが気に入らないようでした。

つまり、ポッポの店はヤシガニを体験ツアーで捕って、

そして料理にすることを売り物にしています。

お店の看板にもそのように書いています。

なのに私たちはヤシガニを保護するための生態調査をするわけですから、

商売を邪魔するように見えたのかもしれません。

はっきりしないまま出て行けと言われました。

他所にいけと言われるわけです。

「他所はいっぱいだ」と頼んでも、話を聞いてもらってもポッポの親父さんの怒りはおさまりません。

「おれは商売でやっているのではないんだから出て行け」ということです。

いくら頼んでも怒りは収まりそうもないので諦めて、「じゃあもう出て行こう」ということになりました。

これまで宿に泊まった中で、こんな自分勝手な意見を言う主人は初めてです。

炎天下の下で、客にホスピタリティを示すどころか、

どれだけこの先このお客さんは困るだろうと分かっていながら、追い出すのです。

これでは鳩間島の印象は一変してしまいまいた。

なんて了見の狭い人なんだろうと思いながら、私たちの言い分も聞いてくれないまま、荷物を再び持って、次の宿を探しに出かけました。

この後、この鳩間島民宿「ポッポ」の前を何度か行き来しました。

「ポッポ」の親父さんの姿は、狭い島なので、何度も出くわすことがありました。

若い女性達を案内しているときの姿を見て、驚きました。まるで別人です。

本当に優しそうな、いかにも島のお父さんとでも言われそうな一面を見てしまいました。

いったいどちらが本当の姿なのでしょうか。

一方では今来た客を追い出し、他方ではニコニコ愛嬌溢れる愛想のあるもてなし、さて、真実はどちらでしょうか。

さて、宿を追い出された私たちは、とりあえず蕎麦田さんの泊まっている加治工(カジク)さんのお店に行ってみました。

でも加治工さんの宿も、もう既にいっぱいなので、私たちはどうなることやら風前の灯火でした。

ひょっとすると石垣島に今日の便で帰ることになるのかなぁと心中ドキドキでした。

加治工さんの奥さんが、あちこちの民宿に電話してくれて、「マイトウゼ」という民宿が泊めてくれることになりました。

やれやれやっと泊まる所が見つかりました。

加治工さんと奥さんはいい人です。

これでやっと鳩間島の人が、好きになれそうです。

観光客が増えても、お昼に食事をいただく場所はこの島にはありません。

だからどの民宿も3食付になっています。

気の毒に思った加治工さんの奥さんの気配りで、私たちは宿泊客ではないのですが、お昼を作ってくださいました。

名物の八重山ソバをいただきました。

オリオンビールの生樽が置いてあり、伝票に自分でサインをすれば自由におかわりができるようになっています

。これは良いと思い、さっそくおソバと一緒に生ビールをいただきました。

治工さんの食堂の窓からは、青い海と緑の木と芝生が見えます。

そしてその向こうには遠く西表の島影がうっすらと浮かんでいます。

なんと絵になる風景でしょうか。

こんな風景の中でいただくオリオンビールはもうすっかり先ほどの「出て行け事件」を忘れさせてくれます。

扇風機の風に吹かれながら、おいしい八重山ソバと生ビールをいただきました。

まとめ

島の人口はわずかに50人。

それが最近の民放テレビ局のドラマの舞台になったことにより、急に観光客が増え、島の考えが大きく変わったようです。

つまり、需要が急に増えて、宿のオーナーの立場がとても強くなり、「嫌ならよそに行け」といった暴言すら出るようになったのです。

一方、本来は顧客であるはずの泊まる人は、宿のオーナーの顔色を伺いながら泊めてもらう、哀れな立場に転落してしまっています。

八重山地区 関係記事 アーカイブ

離島の思い出 鳩間島 ペンション マイトウゼ

加治工さんの家の前には たくさんの浮きを並べて石垣に乗せています。

とてもユーモラスな顔が並んでいます。

このお家の写真は沖縄の紹介写真にもよく出るような有名な家のようです。

加治工さんのお家には、「チャチャ」というかわいい犬がいました。

チャチャは室外犬で、鎖で外につながれています。

よく見ると、地面を深く掘り、ねぐらを作っています。

こうすると少しでも地面の熱さから逃れられるのです。

加治工さんの家の前には西表島との海峡があり、すぐ間近に西表島の島影が見えます。

見通しのよいときには、海辺の建物なども見えています。

海峡の真ん中には、白い「バラス島」があります。

バラス島は珊瑚の白いかけらが集まって出来た島のようです。

絶好のダイビングとシュノーケリングのポイントとなっています。

広場の横には御嶽があり、御嶽のために村の人が集まるためのスペースが芝生になっています。

大きな木が広く枝をはり、日陰ができていて木の下の木陰 に、いつも涼しい風が通り抜けています。

この大きな木と木の枝にハンモックの紐を結び、私は揺られながら昼寝をしたくなりました。

民宿「ポッポ」を追い出されるという事件でドタバタしてしまいましたので、あらためて鳩間島上陸を祝して、乾杯となりました。

木が茂っている島には、魚が集まると言われています。

鳩間島には沖から見ても樹木が茂り、暑い直射日光を防いでくれています。

なぜか木陰には鳥が集まり、頭上にかわいい鳴き声が聞こえてきます。

風は頭をなでで、通り過ぎていきます。

3人が持っているジョッキにはなみなみとオリオンビールが注がれて、見た目に観光写真にでも出るような沖縄の風景を演出してくれています。

少し飲んだだけで、すっかり酔いは回り、心地よい風につい、ビーチサンダルを枕にして横になってしまいました。

今夜のヤシガニ観察に向けて、昼寝をしておきます。いつの間にかジョッキはカラとなり、もう一杯飲もうかどうか思案してしまいます。

しばらくの昼寝のあと、荷物を置きにマイトウゼにいきました。

マイトウゼは、母屋と宿舎が少し離れています。

きっと沢山の観光客が訪れるようになったため、急ぎ増築したのだと思います。

受付や食事をする建屋は海辺にあるのですが、寝るところは、海から少し上がったところ、「ポッポ」の近くにあります。

バンガローサイズの四畳半ぐらいの広さで、トタン家根のプレハブのような部屋です。

中に入ると、とっても暑いです。しかし、一度は民宿を追い出された身ですから、贅沢は言えません。

離島の思い出 鳩間島の海で泳ぐ

2時ぐらいになった頃、皆で泳ぎに行こうということになりました。

島を横断する道を通って浜辺に出ます。

鳩間島は円形の島なので、船着場から、今から行くビーチはちょうど直径に相当するような島の

ど真ん中を、炎天下にあぶられながら進んでいきます。

ちょうど今は引き潮で、珊瑚礁が剥き出しになるほど出ています。

この珊瑚礁を通って、沖のリーフにいくまで、

私は靴下1枚の素足に近い状態で歩いていきます。

だから、珊瑚が足にあたって痛くて痛くてなかなかすっきりと歩けません。

1キロもしないところにリーフの端があり、

そこからは深いクレバスのような深淵があります。

そこを覗いてみると、たくさんの珊瑚礁の魚がいました。

珊瑚礁の魚は姿を見たらすぐに岩に隠れてしまいます。

仲間に目立つように、白いキャップに白いTシャツを着て海に入っています。

これだと松葉さんは今どこにいるのかな?と探すときに、すぐに分かるからです。

慎重にメンバーが調査場所を分担し、

珊瑚の成育状態や地球環境から受ける自然破壊の状況を目視して調べて周ります。

この浜辺には、あまり珊瑚のダメージは無いようで、調査メンバー一同にっこりと手でVの字を出し合っていました。

珊瑚が守られている理由は、一にも二にも、「人が少ない」からだと言えます。

美しい自然を求めて、よりきれいな珊瑚礁を見たいという期待と、

これを保護することは、実は大変な矛盾を抱いていることなのです。

私たちも保護もしたいし、見て欲しいし、矛盾になります。

これから少しずつ潮が満ちてくるころです。

1時間ぐらいの調査の後、潮が満ちてきたからという理由で、蕎麦田さんの合図で引き上げることにしました。

離島の思い出 鳩間島海水温泉 海中風呂に浸かる

やや物足りない時間帯ですが、珊瑚の生育状態も悪くないので、まぁ皆さんと一緒に陸にあがります。

途中、浜辺のすぐ側は海水が陽にあたり、まるで温泉のように熱い熱い状態になっています。

そこでとても気持ちがいいので、急遽温泉につかることにしました。「鳩間温泉海中風呂」です。

有田さん、蕎麦田さん、正岡さん、式さん、それに松葉の5名は、鳩間島温泉海中風呂にしばし浸かりながら、今夜のヤシガニ調査について思いをめぐらせています。

まとめ

鳩間島の海に入り、サンゴの生態調査をしました。

慎重にメンバーが調査場所を分担し、珊瑚の成育状態や地球環境から受ける自然破壊の状況を目視して調べて周ります。

この浜辺には、あまり珊瑚のダメージは無いようで、調査メンバー一同にっこりと手でVの字を出し合っていました。

珊瑚が守られている理由は、一にも二にも、「人が少ない」からだと言えます。

美しい自然を求めて、よりきれいな珊瑚礁を見たいという期待と、これを保護することは、実は大変な矛盾を抱いていることなのです。

鳩間島 関連記事 アーカイブ005年7月5日(火)

離島の思い出 鳩間島植物観察

鳩間島の植物を観察してみました。

鳩間島の特徴を備えた植物は何かないかと、暑い日照りの中で探してみました。

もし、新しい品種を発見したときには、学術名を「ハトマ・マツバ・トロピカルハイビスカス」といったような名前を頭の中に用意をして、島のハイビスカスを探してみました。

気が付いたことは、桜で言えば、染井吉野のようなシンプルな咲き方だけではなくて、ボタン桜のような八重咲のハイビスカスをたくさん見つけました。

しかし、これはすでに既発表済みで、新発見とはなりませんでした。

バナナはどうかと探してみました。

沖縄本島では、小さい茎で実がなるバイオバナナの苗木を売っています。

鳩間島のバナナの樹はそれほど大きくなく、芭蕉のような細く、密集した茂り方でした。

この島で気が付いたのは、椰子の樹が少ないことです。

たぶん台風の暴風雨に耐えられなくて、あまり天にそびえるほどの椰子の樹は育たないのではないかと思います。たった一つ、高い椰子の樹を見つけました。

アダンの実をヤシガニが食べに来るという噂があります。

私が実際に見たのは、ヤシガニではなく、大型の陸ヤドカリが砂地からよじ登り、

アダンの実にしがみついて、熟れた実を食べているのは見たことがあります。

アダンの実は、熟れると地面に落ちてきます。

この落ちた実を食べに、たくさんのヤドカリが集まっている光景も見たことがあります。

たいていは夜行性で、夜の暗い茂みの中で、アダンの実をつついています。

防風林として沖縄地方の風景を作っている木が、福木です。

福木は風に強く、涼しい木陰を作ってくれます。

集落ごとに福木を道筋に沿って風を受けています。

枝は強く張り出し、少々の暴風には耐えられるほどの強い根を張っています。

 

ガジュマロは、南に行くほど太く、古い古木が見られます。

100年以上のガジュマルは枝が円形に張り出し、

集落では広場の中心に人が集まる木陰を作っていることがあります。

ガジュマルは所々で枝からタコの木のように足を地面に伸びだして、新しい

支えを作っていきます。

このため、補強された力で台風の強い風にも耐えられます。

子供の時なら、ガジュマルの木に板を張って、トム・ソーヤーの冒険のような小さな隠れ家を作

って、そこには親しい友達だけを呼んで、家から黙って

持ってきた食べ物を備蓄し、こっそり集まっては飲食を楽しみたいと、思います。

きれいな砂浜には、ツルが海辺に向かってどんどん伸びていて、

その先にはハマヒルガオの花がアサガオのように涼しげに咲いています。

島を巡ってみると、なるほど沢山の植物や花に出会いました。

驚いたのは、大きく実ったパパイヤが突然、その重みに耐えかねて、枝が折れてパパイヤが何個も落下した音です。

目の前で起きたので、本当にびっくりしました。

一個のパパイヤでスイカぐらいの大きな実がついていました。

これだと枝が耐えられないのも無理ないないなぁと思いました。2005年7月6日(水)

 離島の思い出 鳩間島 島を一周

温泉につかった後は、浜辺で服を着替えて、しばらく来た道をまだ日の強い下で帰っていきました。

珊瑚礁の調査の後は、鳩間島の自然の様子を観察するために、島を一周してみました。

蕎麦田さんをはじめ、調査隊の皆さんは何度もこの鳩間島に来たことがあるようで、

あちこちと案内してくれます。

石垣で見たような八重咲きのハイビスカスをここでもたくさん見ました。

山羊をあちこちで飼っています。

ミルクを絞ったり、雑草を食べさせたりしています。

野生の山羊がいます。島を自由に移動しているようで、昼間はどこか木陰に隠れているようです。

蝉はみんなクマゼミです。シャンシャンシャンとうるさく鳴いています。

ヤモリがたくさんいます。ヤモリは家の中に入り込んできて、小さな虫を獲物にしています。

鳴き声が「キッキッキー」とするどい声で鳴いています。

島を一周するのに1時間もあれば外周が周れます。

最後に行ったところは、鳩間島の中でも一番高い丘のようになったところです。

中森というところに灯台があります。木々の茂った石畳の道を登っていきます。

道が開けたところに、白い白亜の灯台が、くっきりと大空にそびえてたっていました。

ここから一望すると、鳩間島が全部見えました。

思ったより広いように見えます。

この島の最盛期には、カツオ漁業のおかげで島の人口は、今の50人よりはるかに多い500人に迫るほどの人がいたということでした。

灯台のわきには昔の石組みで組んだ灯台跡が残っています。

そこに登ってみると、鳩間島全体が見渡せます。

昔は、ここは外敵から守るための見張台であったり、もしくは他の島と連絡する為の狼煙台だったそうです。

西表島からお米を積んでこの島に船が到着したときには、島中の人がお米が届いたことに喜びと

感謝の気持ちで、思わず三線の音で、手振り足振りの喜びの踊りを踊ったということでした。

変わった鳥を見ました。全体が緑色をしたハトのようです。

鳩間島の由来は、名前のとおり鳩にちなんだようで、島中に鳩が飛んでいたようです。

今でも、気にして上空を見ればたくさんの野鳥が木から木に飛び移って啼いている声を聞きます。

見渡すと、まるでジャングルのような深い森と、海と空だけしか見えません。

ここに最初に住んだ人はどんな苦労をしたのでしょうか。

しばし、ロビンソン・クルーソーのお話を思い出しながら想像してみました。

鳩間島は渡り鳥の中継地

鳩間島は、何もない島です。何もないと言っても、観光場所のことです。

自然はたっぷり残っています。

人口は50人ほどです。かって、カツオ漁が盛んな時は、500人もの人がいた時代もありました。

鳩間島には、渡り鳥の青鳩がたくさんいます。

鳩間島の名前の由来は、鳩が多いことが、名前の由来になったそうです。

鳩間島 記事アーカイブ2005年7月5日(火)

離島の思い出 鳩間島 自然環境調査旅行記 「ヤシガニ観察」

会長の蕎麦田さんとは、このたび初めてお目にかかりました。

なかなかの芸術家です。

それはどうして感じたかといえば、まずヤシガニ研究会の会員証のデザイン、

ヤシガニ研究会公認のTシャツ、オニダルマオコゼのTシャツなどのデザインは、

全て蕎麦田会長が自ら描いて、彩色しています。

オコゼやヤシガニの愛嬌のあるデザインは、見る人にかわいいという感じを抱かせ、

好きになってしまいそうな特徴をとらえています。

夕暮れ時、絵になるような風景がありました。

恋にやつれた若い娘が、恋しい人を慕いながら、夕暮れの浜辺に向かって、恋の歌を三線で爪弾いているのです。

誰が見てもこれは恋に憑かれた若い女性のように見えました。

しかも、きっと失恋です。

こういうときには、寅さんのように、さりげなく声をかけ、「姐さん、どうしたんだい。

やけに寂しそうじゃないか、辛いことがあったんなら何でも話しちまいな。」と言いながら身の上話を聞いて、

人生の機微に関わる話しに進むところです。

そのように頭の中ではちゃんとシナリオができて、声をかけてみれば、「練習しているだけです」と、あっさりしたものでした。

西の島の夕方は、遅くなってもまだ明るく、暮れそうで暮れません。

今夜の食事は7時ということで、加治工さんのところとマイトウゼではすぐ近くですが、食事はヤシガニ会の人たちとは、別々になりました。

マイトウゼの食事の場所は、海が見えるテーブルに各自が食事を運んで、そしていただきます。

一緒に食べるのも何かの縁で、どんな人がいるのかと、見回してみると、11名の今日の宿泊者がいます。

ほとんどの方が色の白い方ばかりです。

この土地かな~と思われるような方はいません。

そのうち追々声をかけていきます。

食事の後、加治工さんのお店に再び集合します。

いよいよ本来のヤシガニ研究会の活動を控え、段々緊張感がみなぎっています。

時間もほどよい頃になり、ぼちぼちヤシガニが石垣から出てくる頃合いとなってきました。

研究会の正しい出動態勢は、行く手を照らすヘッドランプを頭に装着し、

手に手袋をはめ、かまれても指が切られないようにして、出発です。

私は手ぬぐいを手袋の代わりに持っていきます。

だんだんと暗闇に入って、しばし行動を止め、音を潜めて周りの音に耳を傾けてみれば、確かにヤシガニがいます。

さすがに会長さん、蕎麦田さんは次から次へとヤシガニを見つけています。

暗闇に目が慣れてくると「あ、ここにもいる」「ここにもいる」という声が聞こえてきました。

あまり1キロ以上の大きなものはいません。

ほとんどが小さなものです。

もちろん私たちは見るだけで、獲っても放してやります。

大きなヤシガニがいないということは、こんな離島でさえ、

かってのような1キロ級の大きなヤシガニはめったにいなくなっています。

これは、島で食べるだけでなく、島の外に販売用に捕獲して持ち出す人が増えたからです。

現に、那覇の牧志の市場では今でも箱に入れて縛られて売られています。

1キロの大きさに育つには、およそ10年の歳月がかかり、

小さなサイズが大きくなるまで、だんだんと捕獲対象が小さくなっていくことが心配です。

もう10匹以上見つけました。

大きいのはいません。ヤシガニの生態はまだ分からないことばかりです。

何を食べているのか、そして、どのように交尾をするのか、

海に入ってまた陸にあがってくる時のルートなどもまだわかっていません。

もちろん寿命もまだ分かりません。

今日は月の光もなく、星空だけのとても暗いお天気でした。

おかげで、星がとてもきれいに見えました。

北斗七星がどこにあるのか、北極星がどこにあるのかということもすぐに分かりました。

神戸では味わえないような満天の星空です。天の川も出ています。

調査の結果は、沢山のヤシガニを発見することができ、少しでもれまでわからなかった生態についても、手がかりがつかめました。

一同、研究成果に大満足で、加治工さんの宿に戻って祝杯をあげました。

もうすでに時間は12時をまわっていました。

ヤシガニを見て、これだけ喜ぶ人がいるなんて、世間の人は信じてくれるでしょうか。明日の夜もまた行きます。

まとめ

鳩間島のヤシガニ生態調査では、鳩間島にはたくさんのヤシガニが確認できました。

しかし、形は小型ばかりでした。

原因は、販売目的でヤシガニを捕獲して、鳩間島の外で販売していたり、民宿の客寄にヤシガニツアーを企画して、捕獲したヤシガニを食べているようです。7月5日(火)

鳩間島から バラス島へ

今日の朝の食事はマイトウゼでは8時からということなので、私は7時45分には宿を出て別の食堂に向かいました。

今日の西表島は昨夜に比べてはっきりと姿を見せています。

町の家まで分かるほどはっきり見えます。

風が強く、きっと気流が空の汚れたものを流してくれたのでしょうか。

とてもよく見えました。

ヤシガニ研究会はメイン活動はヤシガニが出てくる深夜が研究活動の時間なので、日中は別の研究を行っています。

バラス島の 珊瑚の生態

珊瑚の生態を観察するために、鳩間島と西表島の間にある砂だけの島「バラス島」に行くことにしています。

加治工さんが船を出してくれます。

波を蹴って、港から一直線にバラス島に向かいます。

途中の海の水はマリンブルーのように青く澄んで、空もやや雲がかかる程度で快晴に近い、良い天気です。

バラス島は無人島

バラス島は、沖合いにあり、そこの浅瀬に近隣から集まった珊瑚のかけらが波に寄せられ、珊瑚砂だけが盛り上がった島です。

海流の関係で砂が押し寄せられ、そして集まったところが小高い丘のようになっています。

遠くから見た海も近くで見ると、またずいぶんと違って見えます。

鳩間島からバラス島までおよそ15分というところです。

バラス島の高さは3メートルあるかというところです。

船の碇を下ろし、そして上陸しました。

バラス島の砂を踏んであがっていきます。

何もないところです。

大空にはあじさしが飛び交っています。

あじさしは今、この島で産卵をしています。

そこで卵を人がつつくので、心配して声をあげながら警戒をしています。

先にきた人がテントを張って涼みやすいようにしてくれていました。

まず、水着に着替えて、そしてシュノーケリングをして、海に入ります。

珊瑚礁の中はいつものように綺麗な海です。

サンゴを壊すダイバー

あのバタバタとする足のフィンで、途中、珊瑚を蹴っているのです。

あるいは背が届くぐらいの浅いところで、あのフィンで踏み潰しているのです。

それを見ると胸が痛みます。

さて珊瑚はどれだけくっついているでしょうか。

いつも思うのはダイビングやシュノーケリングをする人の足につける大きなフィン(足ひれ)が珊瑚礁を傷つけているのです。

バラス島の浅瀬の珊瑚は死んでいた

周りをぐるっとまわってみました。海流はかなり強いです。

魚もいました。たくさんの珊瑚の死骸があります。

ああ、ここもやはり珊瑚が死んでいるんだと思いました。

少し沖に出てみました。

すると突然大きく深みになるような、陸でいうと丘のようなところがありました。

その丘のほうには珊瑚が段々になって植わっています。

ここまでくると、珊瑚を踏み潰す人もいないようで、たくさんのきれいな珊瑚はお花畑のようにありました。

バラス島 サンゴ調査は終了

しばらく泳いだ後、バラス島にあがりました。

私としてはもっと泳ぎたかったのですが、もう帰ろうということになりました。

船長の加治工さんに時間を知らされて帰ることにしました。

ここから見るのは鳩間島と、特に西表島はすぐ近くに見えます。

こんな素晴らしい天気があるのでしょうか。

こんな美しい海があるのかなと思いながら、船から島を見ながら帰りました。

もっと詳しく写真で紹介したかったのですが、気が付けばデジカメの電池が切れていたので、思う存分写真が撮れませんでした。

大変残念なことをしました。

まとめ

鳩間島の離島、バラス島は砂だけの島です。

バラス島に上陸して、バラス島のサンゴの生態を調べました。

バラス島のサンゴは、ダイバーの足ひれ、フィンで煽られ、たくさんの枝さんごが折れていました。

サンゴの白化現象はおきていません。サンゴは概ね生きていました。

鳩間島 関連記事アーカイブ

鳩間島の風に吹かれて

べた凪の中で陽は中天に昇り、真夏のような暑い直射日光を浴びているうちにもう暑くて暑くてたまりません。

金城さんが気を利かせて沖縄風の頭にかぶる傘を貸してくれました。

これは軽くて便利です。椰子の葉で編んだ網傘です。

鳩間島の民宿は3食つき

バラス島から鳩間島に戻ると、ちょうどお昼です。

鳩間島には食堂のようなものがありません。

そこで、民宿はどこも3食付になっています。

お昼にきちんと戻って、お昼ご飯をいただかないと夕ご飯まで大変お腹のすいた状態を我慢しないとならなくなってしまいます。

加治工勇さんはこのお昼の時間にちょうど鳩間に戻るように船を出してくださっていたのです。マイトウゼのお昼は野菜天丼です。

蕎麦田さんたちと今夜のヤシガニ調査の打ち合わせをするために、加治工勇さんのお店に行きます。

加治工勇さんの民宿では、お昼はカレーライスでした。

ゴーヤと茄子の夏野菜カレーです。

デザートは西表島のパイナップルもついていて、お行儀の悪い話ですが、私は加治工さんの方の夏野菜カレーとパイナップルフルーツの方がよかったのになぁと、小学生のようなことをつい思ってしまいました。

鳩間島 ヤシガニ調査の打ち合わせ

お昼ごはんの後は、しばし休憩の時間となりました。

加治工勇さんの家の前の広場で、テーブルを持ち出して、ここでまじめな研究会の行動予定を、今から打ち合わせをしています。

頭上には強い陽射しがちょうど真上にきています。

しかし、木陰の下では、涼しい風が吹いてちょうど緑陰講座のような雰囲気です。

鳩間島の風に吹かれて

研究会の打ち合わせも終わると、本当に休憩になりました。

風に吹かれて沖縄の夏を満喫するひと時です。

芝生の上に大の字になって、空を見ながら何かを考えているうちに、いつの間にか直射日光に当たったまま寝てしまいました。

2時間ほど眠り、気が付けば、頭を過ぎる風がとても気持ちいいです。

肌の色の白い人だと、これだけ直射日光に当たれば、日射病やら火傷になるぐらいの強い陽射しでしたが、私は水泳部で早くから日に慣れているので、このぐらいではひぃひぃ言いません。

鳩間島の御嶽(みたき)

研究会のメンバーと一緒になって、今夜の予定のコースを下見を兼ねて、散歩しました。

灯台の近くに祖先を祀る御嶽(みたき)がありました。

島の人以外は入ることがはばかられる神聖な場所です。

一応許可をいただいたので、御嶽のそばまで丘を登っていきました。

神聖な場所なので、植物は原生林のような、人の手が入っていない状態でした。

ここには鳩間島の自然のままの林があり、驚くほどの太いガジュマロがいくつか見えました。

鳩間島の郵便局

こんな小さな島にも郵便局がありました。

郵政民営化になると、利用者の少ない郵便局は切り捨てられるという噂があります。

こんな小さな島にも郵便局

鳩間島は人口が50人ぐらいです から、もし過疎地の郵便局が本当に切り捨てられるのであれば、この郵便局も存続できるかどうかの瀬戸際というところです。

夕方になりました。

鳩間島の灯台夕暮れ

食事の前にホームページ用に夕暮れを撮影しました読者の皆様、この雰囲気が伝わるでしょうか。

右側にある、やや細い突起物のようなものが鳩間島の灯台です。

この辺りが一番島の高い場所です。

ヤシガニ調査の前に加治工勇さんのお店に集合します。

みなさんでオリオンビールを飲んで楽しい時間です。

鳩間島 加治工勇さんが三線

今日は会長の蕎麦田さんのたってのお願いで、加治工勇さんが三線を弾いて、民謡を唄ってくれることになりました。

加治工さんのお店

加治工さんは沖縄民謡を上手に歌ってくださいました。

加治工さんは分かりやすく言えば、シンガーソングライターで、ご自分で詞を書き、曲をつけます。そして三線を弾き、歌います。

加治工さんのお店

鳩間の港

代表作に、「鳩間の港」があります。

本土では、東京を始め全国でコンサートをおこなっています。

だから、気軽に民宿のおじさんに歌ってちょうだいというレベルではないのです。

それが、今夜は十八番の「鳩間の港」を聞かせてくれました。

とっても渋い喉でよかったです。加治工さんのCDを買う事にしました。

加治工さんに記念のサインをしてもらうことにしました。

このCDを神戸で聞くたびに、今夜の加治工さんのことをイメージして聞くことができます。

さて、いよいよ今夜のヤシガニ調査へ向かいます。

船に乗る前、松田さんが日差しが強いからこれを着るようにと貸してくれたウインドブレーカーは、長袖で腕に当たる日差しを防いでくれています。

まとめ

鳩間島は人口50人ほどの離島です。鳩間島には飲食店がないので、民宿に泊まると食事は3食付きます。

昼間は、鳩間島の風に吹かれながら、昼寝して、離島の魅力にハマりました。

民宿のオーナーの加治工勇さんは、三線を弾いて、自作の歌を歌ってくれました。

鳩間島は何もないところですが、自然と人情は素晴らしいところです。

離島の民宿 関連記事 アーカイブ2005年7月6日(水)

鳩間島 ヤシガニ夜間生態調査

いよいよ今夜も沖縄のヤシガニ生態調査に行きます。

昨日もたくさん成果がありました。

今日は昨日以上の成果を目指して出発です。

今日は沖縄ヤシガニ研究会以外に、もう一人加治工さんの民宿に泊まっている、一人旅の女性の方が是非参加したいということでついれこられました。

ぐるぐるまわっているうちに、たくさんのヤシガニが見つかりました。

残念なことに大きな個体、例えば5年以上の1キロ以上のといったヤシガニは、昨日同様見つかりませんでした。

卵を抱えて今にもこぼれ落ちそうな卵の状態のメスガニを発見しました。

これは珍しいので、研究会一同、どのように取り扱うべきか考えてみました。

これまでにわかっていることは、ヤシガニは海で放卵すると言われています。

それならば、このメスも近く海に行き、海水に卵を放ち、もどってくるはずです。

それなら、このメスをじっと見張って、テントにでも寝泊りして追跡調査をすれば、かなり詳しい生態がわかるはずです。

NHKテレビの取材班なら、きっとテントに寝泊りして生態をカメラで追っかけるはずですが、悲しいかな、私たちの研究メンバーは予算と時間のゆとりがありません。

そこで、せっかく見つけたメスヤシガニは自然のまま置いておきました。

ここではまだ発表できませんが、たくさんの生態について新しい発見がありました。

学術的な調査なので、この発表については会長とも相談の上、ルールに従って研究発表を行う予定になっています。

今夜は、月暦は新月で、星明りだけの月の光が全く無い夜でした。

ヤドカリや珊瑚などは、満月の夜に卵を海に放卵すると言われています。

今日の新月は今月の20日になれば満月になります。

この満月の夜に来て見れば、今夜とは違った生態がわかるかもしれません。

八重山毎日新聞によれば、独立行政法人水産総合研究センター八重山栽培漁業センターでは、ヤシガニの絶滅を防ぐために本格的な生態調査に取り組んでいます。

捕獲したヤシガニに、マイクロチップタグを取り付け、再び放流しています。

このタグを付けたヤシガニを捕獲した場合は、八重山栽培漁業センターに連絡することになっています。

今夜の生態調査では、この追跡用のヤシガニを見る蹴ることはできませんでした。

暗い夜道を歩いて帰っている時、茂みの中からガサガサと音がするので、何かと思えば山羊の親子が紐に繋がれ、周りの草を自由に食べられるようにしていました。

海辺では野生の山羊のグループも見つけました。

鳩間島には家畜用と野生の山羊が行く手にときどき出てきます。

昼間だと驚かないのですが、闇夜で出会うとあらかじめ知っていないときには、かなりの驚きがありました。

宿に帰って今日の成果を報告しあいました。

二日間の成果にメンバー一同は大変興奮しています。

これまで分からなかった生態が徐々に明らかになっていき、仮説さえも立てられるような会話になっています。

研究すればするほど次の調査が必要となってきます。

次の調査では、どのような項目について調査すべきか、話がどんどん膨らんできて、明日にでも次の調査に出かけるような盛り上がりになりました。

研究討論会が進む一方で、時間は間もなく夜の11時を回り、そろそろ皆さん眠る頃になりました。

ところが、もう一組のグループが私たちが調査に出かけていない時から、酒が進みその挙句相当酔っ払ってしまい、なんやらろれつの回らない口調で言い合いを始めていました。

あまり良い雰囲気ではなくなったので、これで今夜はお開きということにして、お酒をやめさせることにしました。

今日は盛りだくさんの一日で、トタン屋根の暑いねぐらでバタンキューと寝てしまいました。

まとめ

鳩間島のヤシガニ生態調査は、夜の暗くなってから始めます。

鳩間島には猛毒のハブがいないので、夜中に草むらに入っても、ハブの心配はありません。

しかし、ハブに守られないヤシガニは、簡単に捕獲されます。

今夜の調査では、抱卵しているヤシガニを見つけました。抱卵中のヤシガニの行動を追跡調査すれば、ヤシガニに産卵が確認できるところまで調査は進みました。

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2005年7月6日(水)

鳩間島 最終日

いよいよ最終日です。朝起きると、すがすがしい風が浜からあがってきています。

バンガローを出て顔を洗い、歯磨きをし、そして海辺の見える食堂のほうに歩いていきました。

目の前の海を見ながら、同宿の人たちと朝ごはんをいただきました。

普段食べる献立と変わりは無いのですが、なぜかとてもおいしく感じます。

また風の通りのある芝生へ行くと、木と木の間から雲が流れていくのが見えます。

時々虫が寄って来るので、うとうとしながらまた目を覚まします。

段々と帰るのが近くなっているのが自分にもわかります。

もう一度、加治工勇さんのお店に行ってみました。

珈琲はやや濃い目の珈琲でした。

やや濃い目の珈琲を飲んで、ちょっとトイレに外に出てみると衣装ケースの中に、大きなヤシガニがいるのを見つけました。

びっくりして「これはどうしたのですか」と聞くと、蕎麦田さんが昨日の3時か4時に捕まえたということでした。

蕎麦田さんと二人でこのヤシガニを捕獲した環境に近いような場所を探して、自然の中にリリースしてあげました。

ヤシガニはありがとうとも言わず、一目散に草の茂みの中に逃げて行きました。

今度は人に捕まらないように大きく成長してください。


朝10時50分の船に乗って鳩間島を去ります。

加治工さんの作られた「鳩間の港」の歌のように、又会う日を楽しみに、お別れとなります。

♪船は行く行く 鳩間の港手を振り涙 ほろりおち♪

♪又の会う日を楽しみに

さようなら さようなら 手をふれば♪

♪船は行く行く鳩間の港♪

『鳩間の港』 作詞・作曲 加治工 勇

安栄観光の船に乗る前に記念撮影を撮ります。

女将さんとは「またね」ということで握手をしました。

 

女将さんは私のHPを昨日見てださったそうです。

楽しいHPを作りたいと約束をしてきました。

加治工さんにもCDを毎日聞きますからねということでお別れしました。

わずか2泊3日でしたが、素晴らしい研究調査の成果を得ることができました。

荷物を背負って船に乗り込みます。

蕎麦田さんが身軽なので、荷物はどうしたのですかと聞いてみると、島の郵便局で荷物を小包にして送ったそうです。

さすがに旅慣れています。

全員が乗り込むと、船が動き出します。

高速船ですからあっというまに鳩間島を離れていきます。

人口50人ほどの小さな島は意外とトラブルがあることが分かりました。

それは、今でこそたくさんの食糧が外から供給されますが、本来はもっとも過酷な生存環境だったように想像します。

そのために食べ物や水やあるいは何かを巡って激しい戦いがあり、その名残があります。

今なら民宿のお客さんの取り合いがあるようです。


石垣島に戻る

石垣に着きました。

飛行機に乗るまで、まだちょっと時間があるので、お土産を買ったり、お昼ご飯を食べたりします。

石垣の市場に行きます。1階の方では、石垣特産の果物や魚を売っています。

2階はお菓子や民芸品を売るお土産屋さん、3階に「いちば食堂」という食堂があります。

3Fの食堂に、調査隊一同集まって、お昼をいただきながら、鳩間島での成果とこれからの調査・研究の予定について話し合いました。

まず、鳩間島での成果を祝して、オリオンビールで乾杯しました。

そして私は海蛇の料理を勧められたので食べました。

海蛇の燻製のようなものがぶつ切りにして出てきました。これはとても精がつくそうです。


食事の後は、外に出て、土産物を買いました。

沖縄ならではの果物や野菜を選んで、宅配便で神戸の自宅に送りました。

ここで、蕎麦田さんたち一行とはお別れになりました。

私は、今回が初めての参加でしたが、皆さんのお陰で大変有意義な体験となりました。

ありがとうございました。


飛行機は3時15分のJTA、日本トランスオーシャン航空の那覇経由の関西空港行きです。

石垣空港では、七夕イベントということで、従業員の方が浴衣を着て接客していました。

待合ロビーでは、女性スタッフが手作りのサーターアンダギー(沖縄風ドーナツ)とサンピン茶を振舞い、男性の従業員の方が、三線を弾いて沖縄の歌を歌っていました。

大変いい雰囲気です。これだと、待ち時間も何の苦もなく楽しく過ごすことができます。

顧客サービスの実践例としてとても参考になりました。

いよいよ、飛行機は石垣から飛び立とうとしています

那覇で給油をしてそれから関西空港へ行くということなので、少し時間がかかります。

今回の調査では、ヤシガニの生態についてかなりの成果がありました。

そして、石垣島や鳩間島の海の中も観察して、ヤシガニを取り囲む沖縄八重山地区全体の環境についても理解が深まりました。

離陸すると、白保の珊瑚礁の海が眼下によく見えました。

飛行機は、石垣島を離れ、途中那覇に寄り、そして関西空港に向かいます。

淡路島の東側を通り、完成間近の神戸空港を見下ろします。

もうじき、この新しい神戸空港から沖縄に飛び立つことが出来るかと思うとワクワクします。

注意:鳩間島の思い出の記事は、6本の記事を編集しリメイクした記事です。

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2005年7月7日(木)