友好の絆ヤンバルクイナの像、与論の風葬跡、十五夜踊保存会を見て、与論島のお酒の「有泉」と与論島産のお米「こしひかり」を買いました 第102回沖縄訪問(17)

友好の絆ヤンバルクイナの像、与論の風葬跡、十五夜踊保存会を見て、与論島のお酒の「有泉」と与論島産のお米「こしひかり」を買いました。
【恩納村前兼久から南へは豊見城市・糸満市・南城市、北へは与論島を駆け回りました その17】

友好の絆として与論島から沖縄本島に向かって立っているのは、ヤンバルクイナです。

ヤンバルクイナは、2000年3月に国頭村から友好の絆として贈られています。

与論島のお墓は、沖縄諸島と違って、本土風になっているのは、戦後からでしょうか?

与論島のお城の跡の敷地には、神戸でも見るような本土風のお墓が建っていました。

与論城の搦め手の裏側を歩いています。険しい断崖絶壁です。

もし、攻めてくるとなれば、攻められにくいようにお城を造っています。

与論島の風習では、以前は、風葬がありました。風葬の跡地を見ることがありました。

しかし、いつの日か、どこかの学生がお墓の骨を盗んで持って帰ったことが分かり、今では風葬の窓口を塞いでいます。

お城の裏の細い道は、日が当らない、暗い小径になっています。一緒に愛犬リー君も付いて来て、散歩しています。リー君は、山道が好きだそうです。

神社のすぐ近くには、与論の十五夜踊りという国指定重要無形民族文化財を保護するお屋敷が建っています。

このお屋敷を覗いてみると、床の間には、与論十五夜踊保存会の旗が掲げられています。ここで、踊りの練習をするようです。

与論十五夜踊りの保存のためのお屋敷は、広い芝生に向かって、3つの棟が建てられています。

その周りは、石垣島で見るような台風を避けるための、珊瑚の石垣が積み上げられています。

きっと与論町が、島の美観保存のために作った地域だと思います。

100年も前、200年も前のような石垣の状態ではありません。綺麗に整備され、美しい曲線を描いています。

民宿の女将さんに聞いた話のように、与論島は、NHKの「新日本紀行」により、30年前に、突然観光ブームになり、都会から若い人達が押し寄せてきました。

そのために、与論町は、観光施設の景観作りや保存をしています。

車で一周すれば、1時間も掛からないほどの島なので、一応は、昨日と今日で主要な観光スポットは効率よくまわりました。

これから、沖縄本島に帰るので、お土産を買います。お土産は、与論島のお酒の「有泉」と与論島産のお米「こしひかり」です。

与論島では、僅かですが水田があり、二期作が行われています。「ここしかない」という、お土産として、与論米を買いました。

 2008年12月3日(水)

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