昔新婚旅行と言えば フェニックスハネムーン 宮崎の堀切峠 

投稿No:8444

昔新婚旅行と言えば 宮崎日南海岸でした。堀切峠を訪れたカップルは熟年旅行で、もう一度訪れているそうです。

昔新婚旅行と言えば フェニックス・ハネムーンが一番人気 

君は今日から 妻という名の 僕の恋人
夢を語ろう ハネムーン
フェニックスの 木蔭
宮崎の二人

僕は今日から夫という名の 君の恋人
二人だけだよ ハネムーン
フェニックスの木蔭
宮崎の二人

僕等 明日から
夫婦という名の 男と女
抱きしめあおうよ ハネムーン
フェニックスの木蔭
宮崎の二人

1960年代は、新婚旅行と言えば宮崎日南海岸が人気一番の時代がありました。

デューク・エイセスが歌うフェニックス・ハネムーン がヒットした時代です。

新婚旅行に宮崎が選ばれた仕掛け人とは

宮崎交通の初代社長を務め「宮崎観光の父」と呼ばれた岩切章太郎氏(故人)の発案によって、道沿いに印象的な樹形のフェニックス(カナリー椰子)が数多く植樹したそうです。

フェニックスは自生していたものではなく、日南海岸が南国的な雰囲気を演出するために、植樹されたものです。

昭和10年代から植樹が始まり、現在のような景観となったのですから、岩切章太郎氏の経営戦略は素晴らしい結果を残しています。

新婚旅行の象徴 堀切峠

象徴的な景色は、日向灘に面して、ヤシの木が並んで、海岸には鬼の洗濯岩と言われる岩が並ぶ、堀切峠です。

堀切峠は宮崎市街中心部から国道220号を南下して約20km、青島からは約4km、国道から逸れた県道377号が山間から海岸沿いに出るところで越える峠が「堀切峠」です。

峠は標高60mほど、道脇に設けられた展望所に立てば、眼前には雄大な太平洋の眺めが広がります。

沖には島影も無く、ただただ海原が広がっています。

「堀切峠」はまさに日南海岸を代表する景勝地です。

新婚旅行客を乗せたバス、タクシー、自家用車で大渋滞

堀切峠には、新婚旅行の車や、観光バスに乗った新婚さんが道路沿いに車を止めて、とても賑わっていたと宮崎交通の運転手さんに聞きました。

この景色がどうして新婚旅行のメッカとなったのか、2019年の令和の時代では、不思議に思えることです。

1960年代では海外に新婚旅行に行くことも少なく、沖縄はまだ返還されていなかったので、宮崎はなんとなく南国ハワイを連想するような南国情緒もあって、旅行会社が推薦していたようです。

与論島へも若者が押しかけて来て パナウル独立国

同じような現象は、与論島にも起きていました。

NHKのテレビ番組、新日本紀行で、与論島が紹介されたとき、それをきっかけに都会の若者たちが、与論島に押しかけてきて、与論島がパナウル独立国と言われるほど、若者であふれた名所となりました。

NHKの「新日本紀行」の番組で、ある日、突然与論島が紹介されたことで、都会からどんどん若い人達が与論島を目指してきたそうです。

与論島の記事はこちら

新婚旅行から熟年旅行へ

タクシーの運転手さんの話では、新婚旅行に訪れた堀切峠をもう一度訪れる熟年カップルの方がいらっしゃるそうです。  

堀切峠で1960年代の新婚カップルの皆さんが、この景色をどのように見て感動したのか、思い浮かべてみました。

1960年代なら、写した写真はDPEが必要なカメラです。

初期のころは、白黒写真だったかもしれません。

離婚が多いご時世に、二人のスタートの地へ、揃って訪れることができるのも、我慢へのご褒美かも知れません。

鵜戸神宮

堀切峠から、次は神話の鵜戸神宮(うどじんぐう)へタクシーで移ります。

鵜戸神宮にたどり着きました。

下の写真は楼門と呼ばれ、神門の次にくぐる門です。

下の写真は玉橋と呼ばれる橋です。

参道にある朱塗りの橋で、ここを渡るといよいよご本殿が見えてきます。

鵜戸神宮は、雄大な太平洋の断崖の洞窟の中という風光明媚な地に位置します。

鵜戸神宮は「鵜戸さん」と愛称されています。

国定公園日南海岸の風光明媚な所、日南市鵜戸の日向灘に面した、自然の神秘な洞窟の中に、朱塗りの色あざやかにご鎮座されています。

神殿では、巫女さんが一人で、舞を舞っていました。

音もない静寂の中での舞姿に、神殿の外からじっと見させて頂きました。

海に直面した断崖の地に、よくぞこのような神社を建立したものと、感心しました。相当な難工事です。

参拝者は途絶えることが無く、次から次へと参拝者が神殿に向かい、また帰途についています。

外国人の方には、このような文化はどのように映っているのか、気になります。

この洞窟は、主祭神の産殿の址と伝えられる霊地で、およそ1千平方メートル(約三百坪)ほどの広さがあります。

新婚さん達は神話を消化できたのでしょうか?

鵜戸神社を回ってみて、これから人生を一緒に歩む、そのハネムーンで、神話の世界の建造物が人生の指針のヒントになったか、疑問に思いました。

令和の新しい時代になっても、全国津々浦々から、日本民族の祖神誕生の聖地を訪れる参拝者が絶えることなく続いているのも事実です。

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2019年11月7日(木)