小西一彦先生、安室憲一先生、大下昌宏さん、鴻雅行さん、江上豊彦さん、前俊雄さんをご招待して、松葉庵で炭火焼肉パーティーをしました。

2000年4月に神戸商大大学院に入学して、17年の歳月が経過しました。淡路島の松葉庵で、皆さんに感謝を込めて謝恩会をしました。

2000年4月に神戸商科大学大学院経営学研究科に入学して、経営学の研究を始めました。

その時、経営学研究の初歩の段階から指導を頂いたのが、

ゼミの指導教授である小西一彦先生です。

ゼミの指導教授ではありませんでしたが、初心者の私にとって、

多くの刺激を頂いたのは安室憲一先生です。

安室憲一先生は、国際経営学の講義で指導を受けました。

小西一彦先生も、安室憲一先生も、経営学の指導を受けましたが、

それ以上に人間学の指導を強く受けています。

人間学とは、充実した人生の生き方を学ぶことです。

一緒に学んだ同期生は、その後神戸を離れて、海外で生活している人や、他府県で活躍している人が何人も居ます。

同期生ではありませんが、小西先生が始めた勉強会で、一緒になって学んだ友人達です。

今日は、明石海峡大橋が見える「松葉庵」に皆さんをご招待して、

神戸商大や兵庫県立大学の時代にいろいろと教えて頂いたり、

刺激を頂いた事への感謝の気持ちを込めて、炭火焼肉パーティーを行います。

幸いお天気に恵まれ、快晴です。

こんなに日差しが強ければ、日に焼けるかな?と心配するくらいです。

集合予定時間は、お昼の12時です。

奧さんに手伝ってもらい、数日前から準備に取りかかっています。

今日の日から掲げた松葉庵の文字は、とても達筆です。

もちろん、私が書いたのではありません。

高名な方が書いた松葉庵の表札は、私の叔母から受け継いだものです。

この松葉庵を掲げると、玄関が引き締まって見えます。

お客様が来られる前に、3人で準備を始めました。

テーブルセットを芝生の庭に据えてみると、なんだかリゾートのような雰囲気になりました。

皆さんの好きな、松茸も用意しました。

お持ち帰り頂くお土産は、淡路産の玉ねぎ、焼き穴子、ちりめんです。

松茸は、お吸い物と、焼き松茸の二通りの方法で料理することになります。

お吸い物は奧さんが味付けをして、私が最終チェックをします。

松茸の香りを引き出す為に、シンプルに春菊と豆腐だけを具材に入れました。

6名のお客様が、二つのルートで来られます。

一つは、明石港からジェノバラインを利用して、岩屋港に到着するルートです。

明石港から岩屋港までは、海上を見ながら、わずか12分で到着です。

明石港を11時40分発のジェノバラインに乗って、小西一彦先生、安室憲一先生、大下昌宏さん、江上豊彦さんの4人が来られました。

岩屋港で出迎えの為に待っていると、すでに小西一彦先生は到着しておられました。

一つ早い便に乗って、明石港を出発されたそうです。

予定通りジェノバラインが岩屋港に入港してきました。

波もない穏やかな海上を、滑るようにゆっくりとジェノバラインは岸壁に接岸しました。

予定通り4名が岩屋港に到着しました。

安室憲一先生は、船で淡路に来たのは10年振りだということで、普段は明石海峡大橋を車で渡っているようです。

4人が揃うと、私の車で松葉庵までご案内します。

岩屋港に行っている間に、鴻雅行さんと、前俊雄さんの二人は、自家用車のルートで、松葉庵に到着していました。

炭火焼きで大切なのは、火加減です。

まずは炭火をおこして除除に炭を継ぎ足し、段々と火力を上げていきます。

難しいのは火力が弱すぎても焼けず、強すぎたら焦げてしまうことです。

今日の炭火焼きの焼き手は私です。

お肉は淡路牛です。

淡路牛と神戸牛は、元々の子牛は但馬牛です。

淡路で育っても、肉質によっては神戸牛として売られます。

淡路牛は、淡路ビーフ新谷で買ってきました。

当日間際まで参加人数が確定しなかったので、お肉の量をどのくらいにするか、迷いました。

今日の参加者の中で、江上豊彦さんと、前俊雄さんは、今でも博士号を目指して、兵庫県立大学の博士課程で研究を続けています。

冗談を言いながら、雰囲気が盛り上がるように、松葉博雄は炭火焼きを担当しています。

まずは、アルコールが入らなければ、皆さんの口はなめらかになりません。

ビールから始まり、今日手土産に持って来て頂いた、シャンパンを頂きました。

今日は小西一彦先生の誕生日なので、皆さんで誕生日のお祝いを申し上げました。

そろそろお肉から松茸に移ります。

焼き松茸も、焦げないように慎重に焼いています。

これまでのところ、淡路牛は好評です。

皆さん美味しい美味しいと言って、どんどん食は進んでいます。

冗談で、こんな美味しいお肉は、何年ぶりかとか、こんなに沢山焼肉を食べるのは、何年ぶりかとか、柔らかい会話が出るようになりました。

松茸のお吸い物に合わせて、私が焼いたのは、海鮮焼きそばです。

具材は、タコ、イカ、エビ、天かす、鰹節粉、紅ショウガなどを一緒に混ぜています。

厚手の鉄板で焼く海鮮焼きそばは、焼肉とはまた味わいが変わって、皆さんに好評です。

経営学の研究者が集まって団欒をしていれば、やはり会話は研究の話です。

江上豊彦さんは、ゼミで使うレジュメを用意してきていました。

皆さんにレジュメを配って、意見を聞いています。

博士論文につながるレジュメなので、とても高度な内容です。

鴻雅行さんと、前俊雄さんは、車の運転があるので、アルコールは飲めていません。

ずっと、缶入りのノンアルコールビールを片手に持って、いかにもアルコールを飲んでいるような雰囲気を出しています。

安室先生に、2004年10月に、安室先生の隠れ別荘、『わいがや荘』にご招待してもらいました。

大下昌宏さんも、ワイガヤ荘のことを鮮明に覚えているそうです。

あの頃は、夜を徹してでも、議論をする若い血潮が溢れていました。

またやりましょうかと、安室憲一先生が言われましたが、今の年代であの時の元気が残っているのでしょうか?

今日ご一緒したメンバーは、共通の記憶は、神戸商科大学での講義や研究会、そして学生へのマーケティング講座の思い出です。

思い出してみると、沢山のことがありました。

-2001年1月に、小西一彦先生と、一緒に創立したのは、神戸ベンチャー研究会です。

2004年8月には、小西一彦先生と、マーケティング特殊講座の打ち合わせをしました。

2005年5月には、小西一彦先生の退官記念感謝祭を行いました。

2007年3月には、安室憲一先生の還暦お祝いをしました。

2008年7月には、安室憲一先生のひょうご講座で、講座のお手伝いをしました。

2008年10月には、大阪倶楽部で、安室憲一先生の講演をお聞きしました。

2017年10日1(日)

 

安室憲一先生の淡路の隠れ家、ワイガヤ荘で 安室憲一先生の教え方にそうだと感じました。

安室憲一先生の教え方にそうだと感じました。

安室憲一先生の淡路の隠れ家、ワイガヤ荘に、

神戸商大のMBAの会メンバー6名がひそかに集結

し、経済、経営、社会問題などを夜を徹してワイワイガヤガヤと議論を交わしました。

ワイガヤ

ワイガヤ荘は隠れ家なので正確な位置をお知らせすることは出来ませんが、

山林の中に建ち、農業用水の池に面して、春夏秋冬、四季の花に囲まれ、鳥

は朝からさえずり、月は湖面を照らし、風はススキの穂をなでて、夜の頭上

には満天の星を戴く自然に恵まれた別天地です。

ワイガヤ

早く着いた者から、ビールを冷蔵庫に入れたり出したり(一杯呑むため)、

今夜の鍋料理の下準備のため白菜、豆腐、こんにゃく、ちくわなどを鍋に揃

えたりして、全員が揃うのを待ちました。

ワイガヤ荘のテラスから見る沈みゆく夕日は、

今日の一日の終わりを感じました。

ワイガヤ

ヘーゲルの言葉に、

「ミネルヴァの梟は、黄昏がやってきてはじめて飛び立つ」といわれています。

つまり、日が沈むことは思考が始まることなのです。

ワイガヤ

深い静寂の中でテラスに椅子を出し、

安室憲一先生を囲み少しずつワイガヤ序論は始まりました。

ワイガヤ

日が沈むにつれて気温は下がり肌寒くなり始め、

お腹も空いてきたので、ワイガヤ風キムチ鍋の始まりとなりました。

ワイガヤ

ワイガヤ

安室憲一先生のご配慮で、軍鶏の肉と、

福島の銘酒「頌歌」をいただきました。

ワイガヤ

軍鶏は脂身が少なく歯ごたえがあり普通の鶏肉とは違った逸品でした。

頌歌は日本酒に造詣の深い大下さんがいたく感じていました。

日本酒の匂いが軽い深みのある味わいでした。

これにバルセロナから持ちかえったワインも添えられました。

ワイガヤ

安室憲一先生はだんだんとお酒がすすみ、ろれつが少しずつ怪しくなってき

ましたが、酔いが回る前に言われたことは、私たち社会人大学院卒のやるべ

きこととして社会的貢献について色々とお話をされました。


感じました。安室憲一先生のお話にそうだと感じました。

太字が安室憲一先生の言葉で、あとは松葉博雄のコメントです。

・易しくいえば「面白いことをする」ことで周りの人を幸せにすることです。

これは高杉晋作の考えと似ていると思いました。面白くなき世を面白くすることは、世直しでもあります。安室憲一先生のお考えが高杉晋作と共通していることに共鳴しました。

・そのために経営学を応用すること。

構想や夢を語ることはいいのですが、それを実際に構想を実現させるまでに

は、各段階でのマネージメントする現場の協力が必要となります。

たとえばピラミッドを作ることを考えてみると、ピラミッドは公共工事とし

て行なわれたようですが、石材を運ぶことから労働者の長期的な生活をサ

ポートすることまで、多くの現場に発生する問題をマネージメントすること

が経営となります。考えることから実践するまでにはマネージメントの必要があります。

・大学が周りの社会と協力しあって、皆さんが生きていく希望と糧を得るようにサポートしていく。
医学部であれば教育、研究、実践のために付属病院があります。付属病院を

通して若い医師を育成し、新しい治療方法を研究し、地域の病人の治療にあたります。

このような実践的な問題を経営学にも取り入れ、地域の企業やその利害関係

者の方々に経営に関する知識や情報を提供することで、企業の存続をより確

かなものにサポートすることが大学の産学連携となるのではないかと思います。

企業にも病もあれば老化もあります。

適切な措置により存続が確かになることもあるのではないでしょうか。

・特に神戸の未来構想については、「神戸ホスピタリティ都市」プランなどを熱く語られました。

神戸市は医療産業都市構想を掲げています。

神戸に限らず京阪神まで視野を広げると神戸の観光資源が医療産業と相乗効果を起す期待があります。

医療を受ける人だけでなく看病、お見舞いにまで視野を広げると、神戸から、日本、アジアにまでマーケットが大きくなります。

これまでにない病院のイメージを変えて、「病院に行こう」というようなホスピタリティの高い、居住性のよい、家族に囲まれた病院がイメージできたらよいではないかと思います。

参考・・・神戸医療産業都市

具体的な提案を4件ほど提示されましたが詳細につきましてはまたの機会に順次お知らせいたします。

感じましたと、役割を感じましたと合点していると、いつのまにか時計の針は12時を回り、日付は翌日になってしまいました。

おもしろきなき世をおもしろくするお話にすっかり引きこまれて、酒も焼酎

もワインもビールもみんな空になって、気がつけばいびきの声も聞こえ今夜はこれでお開きとなりました。

- ワイガヤ荘亭主、安室憲一先生へ -

大変お忙しい中で卒業生にまで大切な時間を割いて、親しく酒を酌み交わす

機会をいただきましてありがとうございました。

おもしろい世をつくるために微力ながら私たちも何かをお手伝いさせて下さい。

2004年10月中旬

安室憲一先生の還暦のお祝いはこちらから

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