長浜市 古美術西川で、絵皿、塗り物、火鉢を選びました。嘉永時代の塗師四谷治郎右衛門のお膳を買いました。

長浜市 古美術西川で、絵皿、塗り物、火鉢を選びました。古美術店西川では、嘉永時代の塗師四谷治郎右衛門のお膳を買いました。 彦根ツアー(12)

城下町には、その城下町で長年使われてきた、

食器類の骨董品があります。

毎日使う食器類が、新しくなるのが楽しみで、

骨董屋さんを訪れます。

どんな良い物があるか楽しみです。

店内には様々な骨董品が所狭しと並んでいます。

テレビのなんでも鑑定団を見続けていると、

骨董品には、偽物があるのが当たり前のようです。

そこで、高価な骨董品を購入する時には、

本物か偽物か、それを識別する鑑識眼が必要です。

もし、高い物を買って、後から偽物が分かっても、

骨董屋さんを責めることはできません。

何しろ、骨董屋さんも、

本物だと信じて売ったのだと言えば、

責任は追及できないのです。

全ては自己責任です。

こう自分に言い聞かせながら、お皿を見て回ります。

お皿などの食器だけではなく、

ひょうたんや昔の道具もありました。

火縄銃がありました。高い物は50万円以上です。

平均でも一挺15万円程度はします。

そこで考えたのは、もし戦国時代に、戦国大名が、

当時の鉄砲を一挺いくらで買ったのかということです。

足軽3000人に、3000挺の新式鉄砲を持たせれば、

一挺15万円としても、4億5千万円かかります。

戦国時代に、現代のお金で15万円で買えたかどうかです。

何しろ、戦国大名は皆鉄砲をほしがっていて、

堺の刀鍛冶屋はフル生産の時代でした。

調べて見ると、鉄砲が伝来した直後は、

新兵器ということで、一挺5000万円もしていましたが、

その後、1575年頃には、一挺60万程度にまで下がっていたようです。

そうすると、3000人の足軽に60万円の鉄砲を持たせると、

現在のお金にして、18億円になります。

驚いてみた物の、現代の軍事費といえば、

F-2支援戦闘機1機が117億円です。

戦車でも、1台7億円です。こうなると、

いつの時代も軍事費にはお金が掛かり、

そのお金の出所は、税金ということになります。

こんな事を考えている内に、奥さんは、

絵皿や塗り物を見つけてきて、

古美術西川の社長さんと話が弾んで、

お皿やお膳を買おうとしています。

見つけたお膳は、幕末の嘉永の時代です。

塗師 四谷治郎右衛門の作品です。

大きな桐の箱、二つ分を購入することになりました。

車で持ち帰るには、一箱しか入りません。

もう一箱は、後日宅急便で送ってもらうことにしました。

骨董屋 西川の裏庭には蔵があり、

蔵の中には、仕入れてきた骨董品が沢山納まっています。

骨董屋西川で食器を買った後は、昼食です。

名物のもっぺいうどんを頂きました。

昼食後は、観光名所となった黒壁ガラス管本館へいきました。

黒壁ガラス管本館は、有形文化財に登録されています。

こちらはもともと、1900年(明治33年)に

国立第百三十銀行長浜支店として建てられました。

ここは滋賀県の観光名所、ガラスの街「黒壁スクエア」です。

長浜市旧市街にある、

伝統的建造物群を生かした観光スポットで、

黒漆喰の和風建築である黒壁1號館から30號館までの総称ですが、

一般に北国街道と大手門通りの交差点である

札の辻を中心とする区域として紹介される事が多いそうです。(Wikipediaより

ガラス館に入ってみました。心配した入場料は、無料でした。

今では、建物の中は可愛くて

ガラス細工や綺麗なグラスが並んでいます。

バカラの美術品はないか探してみましたが、

バカラの作品は扱っていませんでした。

好奇心から展示されている作品の中で、

一番高い物を探そうと見て回ると、

見つけたのは、花瓶の60万円でした。

元の値段は132万3千円で、今は値下げしてしています。

きっと、もっと高い物があり、

高い物は、鍵のかかった、別の所にあると思います。

ガラス館を出て、駐車場に戻ります。

長浜市のマンホールは、豊臣秀吉の馬印であった、

千成ひょうたんを使っています。

奥さんは、絵皿を見つけて欲しかったようですが、

松葉博雄の鑑識眼は、この価格では高すぎると評価して、

購入しませんでした。

奥さんは、まだ少し未練が残っています。

2015年6月12日(金)