渡名喜島の猫(ネコ) 強い視線  渡名喜島小・中学校 渡名喜島訪問記(6)

渡名喜島の猫(ネコ)に、強い視線を感じ、ふりむくと、美人の離島の猫(ネコ)が、写真に撮れました。 第120回沖縄訪問(8)
【離島の猫(ネコ)が鋭い視線を向けています。離島で出会った美人猫(ネコ)を写真に収めて、離島の朝を散歩します
その8】

渡名喜島の猫(ネコ)に、強い視線を感じ、ふりむくと、美人の離島の猫(ネコ)が、写真に撮れました。

渡名喜島の朝は、全島届く、渡名喜村の村役場が、放送する、お知らせから始まります。

朝の6時頃には、渡名喜村役場からの放送があって、島民へ案内する、大きな音が聞こえました。

昨夜は、結局、誰からも声がかからず、渡名喜村の盛り場にも、行く

ことなく、ひとりで部屋に戻り、本を読んでいるうちに、だんだん眠

たくなり、寝てしまいました。

朝7時を過ぎて7時20分ぐらいから、散歩することにしました。

まず、民宿の3階から島全体を見ます。今日も曇りです。

今日は入砂島のアメリカ軍基地の、戦闘訓練はあるのでしょうか、な

いのでしょうか、ヘリコプターの爆音はしません。

2階から下におりて、民宿の食堂を押してみると閉まっていたので、

まだ朝ごはんの時間ではありません。

そこで、一人で散歩することにしました。

集落のほうに向かって行きます。村の道路は、掃除の刷毛目の跡がついていました。

福木の枯葉を集めてビニール袋に入れられています。

視線を感じて、ふと、振り返ってみると、民家にとまったバイクの上

に、イリオモテヤマネコ(猫)のような、鋭い、野生の顔立ちの残っ

た、猫が、松葉博雄を見つめています。

なんと、鋭い、突き刺さるような視線でしょうか。

一軒一軒のお家が綺麗に掃除されています。

路地の周りには、掃き清めた跡がついています。

文化保存地区で、人が住んでいないぐらい綺麗に保存されています

が、民家からは、朝ごはんを用意しているような、人の生活の声が聞こえてきます。

人が住んでいるとう事が、沖縄本島の本部にある沖縄海洋博会場にあ

る、沖縄の民族的な、集落を集めた文化財、あるいは琉球文化村など

の、展示物とは違うところです。

子供たちは今日は土曜日ですから、学校はお休みでしょうか。

朝早くから音楽が聞こえるのがわかりました。

道端の看板を見ると、朝起き会が6時30分からあるようです。

月曜日、水曜日、金曜日にあります。

そうすると、今日は無かったことになります。

1日のうち、30分は学校で読書をしようと学校側が訴えています。

渡名喜島にある、学校に行って見ます。

渡名喜小・中学校です。平成10年3月20日に建てられました。

小学校の門をくぐって、はいってみます。小学校にはグランドがあり、グランドが芝生の真ん中にあります。

そして周辺が運動場になっています。小学校と中学校が同じ場所にあ

ります。これは沖縄の普通のスタイルです。

平成10年ですから、12年前に作られたことになります。

体育館もあります。かなり広い校舎です。一蹴すると400メートルのグランドでしょうか。

学校のすぐ前には、浜辺があり、入砂島が見えます。渡名喜港です。

渡名喜港は、西の方向に向かって、開けています。

校舎の中には1989年の卒業生のことが描かれています。校歌は小

中一貫統一したものです。

次に幼稚園が隣接しているので、渡名喜村立幼稚園にいってみます。

豊かな心と書かれています。ここも広いグランドです

。幼稚園生が走るには少し広すぎるようなグランドです。幼稚園の校舎です。

小学校を裏からみたところです。幼稚園のすぐそばには平和の塔があ

りました。戦没者220名ほど、記名されていますが、見てみると

1790年代ぐらいになっていますから、明治以前の戦没者になります。

近の方は2007年です。

幼稚園のほうからみた民宿となきです。色んな方向からよく見えるように作られています。

散歩が終わって、民宿となきに戻ると、朝食です。

ご飯、味噌汁、しゃけ、もずく、玉子焼きを、美味しくいただきました。

ただ、お米が少し臭いのが気になりました。

ご飯をちゃんと食べて、民宿のおばさんが家の周りを掃除しています。

片山さんが民宿のおかみさんに色々、島に関する話を聞いていました。

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2010年7月10日(土)


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