恩納村の海で地元の海人と潜る タコ獲り名人の潜水は見事 獲れた蛸の料理  第72回 沖縄訪問記(3)

恩納村の海で 地元の海人と潜る

第3話は沖縄の前兼久の海の中で撮った写真のご紹介です。

沖縄は暖かいのですが、それは太陽が出て晴れているときなら、12月でも暖かいのですが、雲が厚く垂れ込め、

陽が差していない12月の海は、裸で泳ぐには寒すぎるし、ウェットスーツを着ていても、水はどこからか必ず入

ってくるので、寒い感じは避けられません。

神戸商科大学(兵庫県立大学)水泳部の練習は、4月の終わり頃から野外プールで練習が始まります。

この野外プールの水温の方が、12月の沖縄の海よりも寒く感じます。

今日の海での目的は、上間光元さんは専門のタコ獲りで、金城正則さんと石川さんは、貝獲りです。

水深は4m程度でした。腰に重石の鉛のベルトを巻いて、金城さんはアクアラングを背負い、獲物を入れる網を

左手に持ち、珊瑚礁のかけらとそっくりの貝を探して、海底すれすれをくまなく探して周ります。

アクアラングを使って貝獲りや魚獲りは禁止

アクアラングで貝獲りをするのは、レジャーであれば禁止されています。

それは、漁業権を犯すからです。

ですから、漁業組合員でない人は、アクアラングを使って貝獲りや魚獲りは許されません。

恩納村のほんの10年か20年前の海を知っている人は、珊瑚礁の内側のリーフには、色鮮やかなたくさんの珊瑚が

生い茂り、その珊瑚の隙間にはたくさんのカラフルな熱帯海水魚が湧くように泳いでいたことを知っています。

貝も、床に貝殻を敷き詰めたぐらいぎっしりと棲んでいたようです。

恩納村の珊瑚礁のリーフは、目を覆いたくなるような、珊瑚礁の墓場です。

今、松葉博雄の目の前にある恩納村の珊瑚礁のリーフは、目を覆いたくなるような、珊瑚礁の墓場です。

珊瑚は、砕かれているものもあり、あたかも、人の骨のように白く見えます。

テーブルの形のまま残っている珊瑚は、黒ずんで、もはやかっての色鮮やかな原色はありません。

珊瑚が死滅すれば、花と蝶のように、小魚は見当たりません。

小魚がいなければ、それを狙った中魚や大きな魚は見当たりません。

これは、食物連鎖の構図そのものです。

どこかに希望はないかと松葉博雄は魚を獲るよりも、珊瑚の生態を場所を変えながら泳いで探し続けました。

そうすると、わずかながらも、希望の灯火が見えました。左はシャコ貝が岩について、貝を開いて、水中からエ

サを摂取している様子です。

もし、人が、外敵がこのシャコ貝に近づくと、シャコ貝はすぐに開いている貝を閉じて、しっかりと硬い防御体

制に入ります。

右の方は、新しい珊瑚の命の芽生えです。

触ってみると、柔らかいゴムのような弾力のある感覚を感じました。

この珊瑚がまた次の珊瑚の卵を満月の夜に放卵して、いつか、以前の珊瑚礁の輝く沖縄の海を回復させて欲しい

ものです。

沖縄は、戦後しばらくはアメリカの統治下に置かれ、琉球政府の下で本土との交流が制限された時代がありまし

たが、1972年5月15日に沖縄県は日本国に復帰しました。

この後、沖縄開発庁が置かれ、沖縄を本土並みに開発していきましたが、主に道路や観光資源の開発を通して、

掘り返した赤土が雨に流されて珊瑚礁に流れ込み、珊瑚に甚大な被害を起こしてしまいました。

この他にも地球温暖化現象による、珊瑚の白化現象や、オニヒトデの異常繁殖による珊瑚の被害がありました。

いずれにしても、一度傷ついた珊瑚礁は、その再生には長い時間がかかります。

暗澹たる思いで、万座ビーチ沖の珊瑚礁を調査しているとき、若い新しい珊瑚の息吹を見つけて大変嬉しくなり

ました。この次に来たときは、もっともっと珊瑚が増えていることを祈っています。

今日のハイライト たこ獲り名人 上間光元さんのタコ獲り漁です。

今日のハイライトは、上間光元さんのタコ獲り漁です。

松葉博雄が見過ごすような岩と岩の隙間に顔を覗き込み、タコが隠れているところを見つけ、とうとう今日一番

の獲物である大きなタコを見つけました。

タコは逃げようと、引きずり出されないようにと、全身の力を込めて吸盤を使って、岩にしがみついて、ちょっ

とやそっとの力では引き出せませんでした。

これを、金城正則さんが応援に駆けつけ、二人の力で大きなタコを捕獲しました。

獲れたタコの大きさは1m以上の大物でした。前頁の写真をごらんください。

このように、あちらこちらに船の場所を変え、その都度碇を下ろし、朝からお昼過ぎまで5時間くらい、本土で

は味わえない12月の厳寒の時期に珊瑚礁の海で泳ぐことができました。

そろそろ、帰り支度をする時間がきました。

沖縄の海で楽しい時間をすごせましたが、一つ残念なのは、ずっと曇っていて、肌寒い寒さを感じるような悪天

候だったことです。

いつもいいことばかりとは限りません。

獲れた獲物を船に積んで、恩納漁港にこれから帰ります。

上間さん、金城さん、石川さん、連れてきていただいてありがとうございました。

2005年12月30日

タコ捕り名人「上間光元」さんのタコを、タコ揚げしました。
【第76回沖縄訪問:沖縄県恩納村朝日会、鰹つり、追い込み漁 その3】

朝日会に行ってみます。先月の5月の訪問から、およそ、1ヶ月が経過しています。

沖縄県恩納村朝日会

金城正則さんと松田薫さんは今日釣りに行って魚を捕ってきました。

捕れた魚を今から裁いて、刺身にするために、鱗を取っています。何の刺身になるのでしょうか?

今日もまだ、曇り空で、少し雨がポツポツ降る天気ですが、沖縄地方はこの2週間の間、大変な豪雨が続いて、中

城では、家が崩れるほどの自然災害が起きています。農業も、漁業も大きな影響が起きたようでした。

これほど沢山の雨が集中的に降るのは、台風が幾つも来たようで、近年では、珍しいとのことでした。

金城正則さんと松田薫さんが釣ってきた魚を、クーラーボックスを開けて見せてもらいました。珊瑚礁に住む魚

はカラフルです。

魚の中で髭が生えた魚がいて、その名も、「おやじ」と呼ばれています。

右の写真の上に見える赤い魚です。

今日は、釣った魚を唐揚げにします。

唐揚げの美味しい作り方は、魚を油に入れて、唐揚げしてると、魚の水分が泡となって上がってきます。

その泡がだんだん少なくなってくると、水分が抜けて、魚の身に火が回ったことがわかります。

その泡の具合を見ながら、揚げる時間を決めていきます。

あまり、揚げすぎると、骨まで食べる魚なら良いのですが、焦げてしまいます。

揚げる時間は、魚の種類によって決めていきます。

魚のフライを肴に、ビールをいただき、自由談義が始まります。

6時頃は、夕方と言っても、日差しは強く、テントの外に出ると暑いので、テントの中で、ビールをいただいています。

タコ捕り名人の上間光元さんの船が沢山のタコを捕って港に帰ってきました。

松葉博雄は、上間光元さんの船に行って、沖縄訪問の挨拶をし、今日のタコ捕り漁の成果を尋ねました。

沢山捕れたようです。ハリセンボンも捕れたようです。

朝日会用に、捕れたタコを数匹いただきました。

沖縄の皆さんは、漁に出掛けて、魚が捕れると、地域の皆さんに分け合うという風習があります。

仮に、漁に行けない方がいれば、その家に捕れた魚をお裾分けするそうです。

ここ、2週間は雨続きだったので、海人(うみんちゅう)の皆さんは、漁に出ると生き生きとしているようです。

上間光元さんが捕ってきたタコはこれから金城正則さんが料理して唐揚げになります。

タコ料理では、まず、タコの塩もみをしっかりします。

何故、塩をもむのか?柔らかくなるのかと思っていましたが、アク抜きの為です。ヌルッとしたアクを抜く、こ

れを塩をもんで抜くのです。

タコを揚げます。タコを揚げるといっても大空に上げるのではありません。

これから唐揚げにします。

タコを揚げる時には大体40秒くらい揚げます。

ちゃんと時計を見ながら揚げていきます。

沖縄のことわざがあります。「気を使ったら損をする」と言います。

相手が大らかで、その時に気を使って遠慮してはいけないとのことです。

遠慮しないで、出てきた料理をいただきましょう!

気を遣って、遠慮していると、美味しいお料理も冷めてしまいます。

2006年5月30日には、恩納漁港で伝統のハーリーの対抗戦がありました。

残念ながら、松葉博雄は仕事の都合で、ハーリーの応援が出来ませんでした。

前兼久地区も代表選手を選抜し、日夜練習を重ね、恩納村の各地区のチームと対抗試合を行いました。

ハーリーは、村を挙げ、地域を挙げて、熱狂的な応援となります。

どんな結果であっても、最後は飲み会です。勝てば「戦勝祝賀会」、負ければ「激励会」、程々であれば「慰労会」、が催されます。

5月30日はきっと素晴らしい「慰労会」だったようです。

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2006年6月15日(木)

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