お盆休みの沖縄 その1「1日目:第60回終戦記念日を前に」

 

沖縄での休暇の始まりです。

JAL2087便14:40発の伊丹から那覇に向けてのフライトが始まりました。およそ2時間弱で那覇に着きました。

那覇の飛行場は、今日もたくさんのバケーションを楽しむ人たちでいっぱいです。

飛行場を出ると、待合室の水槽を見てきました。海水魚が目を奪うような美しさを見せてくれています。


 

レンタカーの会社に行きました。いつも利用している会社ですが、驚いたことに新社屋が出来ていました。今、仕上げの真っ最中のようです。

最初初めて利用した時はプレハブでしたが、段々この会社が成長していることが分かります。この壁の何センチ分かは、きっと私が貢献しているはずです。なにしろ、ずっとこのレンタカーの会社を利用しているのですから。

車を運転して恩納村へ向かいます。高速道路を避けて、国道58号線を走りながら、宜野湾を通り、嘉手納を過ぎ、恩納村へと向かいました。恩納村の朝日会には18時ごろ着きました。既にたくさんの人が集まって、一杯始まっています。すぐ気が付いたことは、向かって左側にプレハブの倉庫が建っていることです。来るたびに朝日会が発展していることに驚きます。

「松葉さん、まぁ一杯食べなさい。」と言われたのが肉汁です。これはすじ肉を煮込んだ、スープのような中にジャガイモ、ニンジンなどの野菜が入っています。

オリオンビールをいただきながら、肉スープもいただきます。よく煮込んでいたので、すじ肉も柔らかくなって、ついもう一杯お代わりをしてしまいました。

トロ箱を見れば、サメが何匹もいました。これは今日の追い込み漁の収穫のようです。今日は日曜日なので、お仕事が休みの人が多く、皆さんで沖に出て、珊瑚礁の岩場に網を張り、反対の方向から魚を網の方へ追い込んでいく漁をしてきたようです。

料理の準備が始まっています。ブダイをこれからさばくところです。これはお刺身になって出てきます。

グルクンもありました。グルクンはウロコを取って、から揚げが代表的な料理方法です。長時間、油で揚げることで、骨まで食べられるほどのカリカリになってきます。

熱々の唐揚げを薦められました。手で持ってみても、熱くて持てないほどの熱々でした。これを口にほおばり、すぐに冷たいビールを飲めば、熱々の唐揚げも食べられるようになります。

あぁここはいいなぁ、沖縄はいいなぁ、朝日会はいいなぁ、と思いながら、周りを見て、しっかりとこれから始まるサマーバケーションに思いを巡らし、さて、明日は何をしようかなと考えています。

 


 

ふと、頭上を見れば、頭上には夕日を浴びた雲が美しい光を放っています。

冨着さん(兄)が、朝日会に参加して、魚を捕りに行った主婦とその家族の方に、魚のさばき方のレクチャーをしていました。

冨着さんは、見ているととても包丁さばきがお上手で、マグロを上手に三枚におろして、見せてくれました。

まもなくしてサメの肝の酢醤油が出来上がりました。これは、以前も食べましたが、大変な精力剤のようです。活きの良い、とれとれのサメでなければ、生の肝を食べることはめったにありません。

話が弾み、ビールが弾んでいる中で、「松葉さん、明日はゴルフに行きませんか。」というお誘いを受けました。

ゴルフをするのは、もう10年以上もしていません。以前、社内ゴルフを活発にしていたことがありましたが、腰痛が悪化し、歩けなくなり、その後はすっかりご無沙汰していて、とても自信はないのですが、これも何かのご縁と思い、私も連れて行ってもらうことにしました。

 


5月の連休以来の顔見せなので、懐かしく思い、ついついビールも飲みすぎてしまいました。今夜はこれで終わりと思い、ホテルに帰って、しばし外を見ていると、ムーンビーチの夜景が見えました。何回も来ると、もうここが故郷のようになってきました。

先程より、今日は雷の音がずっと続いています。稲妻が走り、夜空を焼夷爆弾が炸裂したようにピカピカと光っています。沖縄はここふた月ほど雨がないとのことです。しかし、このような雷が出てくるとひょっとすると雨が降るのかなと期待をもたせます。

外に出て、稲妻の走る瞬間をとらえようと、カメラを持って待機してみたものの、なかなかその瞬間は撮れず、やっと撮れたのが、空が白く光るような写真が撮れました。

前回の5月からおよそ3ヶ月が経過し、初夏から盛夏へと季節が変わっています。沖縄の夜は、窓を開けていれば、クーラーがいらないほどの風が部屋を西から東へ吹き抜けていきます。

さっきまで神戸にいたのに、飛行機で一飛びすれば、今私は憧れの沖縄の空の下にいます。今回の夏期休暇は、何を中心テーマにして探索しようか、今考えていると、そうだ!今年は終戦60周年なのだ!沖縄は先の大戦で大変な犠牲を払っているのだから、明日はその犠牲者の冥福をお祈りしようと思い立ちました。

明日は、終戦記念日の沖縄の様子をお伝えします。

2005年8月14日(日)

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