博士過程の論文指導教授大阪市立大学大学院 明石芳彦先生から学んだこと。

大阪市立大学社会人大学院後期博士過程の論文指導教授明石芳彦先生の送別会・懇親会です。 社長ブログ神戸/大阪市立大学大学院/明石芳彦先生退職/送別会

お世話になりました ありがとうございました

大阪市立大学社会人大学院で、査読付き投稿論文作成と、博士論文作成に

、指導をいただいた明石芳彦先生の送別会・懇親会です。

場所は、ハートンホテル西梅田B1のガーデンキッチンです。

博士過程のゼミ

博士課程の3年間、個人授業のように一対一で、指導を頂いたのは、明石芳彦先生です。

明石芳彦先生の博士課程後期のゼミに、最初に入ったのは、松葉博雄と竹田英司さん、浅野昌也さんの3名でした。

3人のメンバーによる博士ゼミは、3週間で2回のペースで、

発表の順番がすぐに回ってきて、発表が終わると、

次の日からもう次の発表の準備をするような、慌ただしいスケジュールでした。

さらに、都合があって他の二人が博士ゼミをお休みする機会が増えて、

いつの間にか松葉博雄の発表が毎週続くという、

私にとってはとてもタイトなスケジュールになってしまいました。

指導教授を独占状態

しかし、結果的には、これは大きなチャンスでした。

先生の指導を独占できたのです。

ピンチがチャンスに変わり、濃縮した指導を受けられるようになり、

その結果最短の3年間で、2本の投稿論文の採択を経験し、

博士論文完成に向かう事が出来ました。

博士課程のゼミ生と

今夜の懇親会には、一緒に指導を受けた谷田明夫さんと、

久し振りの再会が出来ました。

博士号をいただいたあとは、博士課程の客員研究員になった後、

博士ゼミに参加してきた中西智江さんは、なんと、私の次女の中学時代の同

級生です。

こんな所で、松葉パパとお会いするとは! と言われた事を思い出します。

しかも、中西智江さんのテーマは私のテーマと被っていて、サービスマーケティングの研究でした。

再会できるかなと思っていた同期の竹田英司さんと浅野昌也さんは、来られませんでした。

今夜の懇親会の中心メンバーは、修士課程の院生と、そのOB・OGの方が中心です。

立食パーティーでは会話が中心だったので、出てきたお料理はほとんど頂く

事がありませんでした。

明石芳彦先生は、大阪市立大学を退任後、大阪の私学に転籍されるそうです。

宴もたけなわの頃、今日の3名の退任の先生方に院生から感謝の言葉と記念品の贈呈がありました。

一番最初は、特任教授の長澤紘一先生です。

次に准教授の冨永千里先生で、その後、最後の〆は明石芳彦先生でした。

先ほど明石芳彦先生の最終講義を、『社会人大学院・アントレ分野での教育と私』のテーマで、話して下さいました。

社会人大学院の現役院生と、OB・OGの方は、明石先生のお話に聞き入っています。

厳しかったゼミの回想

私も、博士課程に入学した1年次のころの厳しい指導を思い出しました。

持ち時間90分の演習が始まると、10分も経過していない途中で、発表にストップがかかりました。

報告し終えない、始まったばかりの段階で指導が始まるのです。

それは、それは厳しい指摘でした。

パワーポイントの画像の前で、立ちすくんで先生からの指摘と注意を残りの80分聞くのです。

指摘があったことは、頭の中で記憶して、次回の報告・発表の時には修正に

生かさなければなりません。

しかし、細部にとらわれ過ぎると研究は前に進まないという、ジレンマに陥りました。

そこで、指導・指摘は受け入れても、細部にわたる修正よりも、

研究を前に進める方に報告の方法を変えたことがありました。

博士過程3年の間に、査読付き論文を書いて採択を受けるには、

ハイスピードで論文を仕上げていかなければ間に合わないからです。

論文作成で注意を受けたのは、

何をいいたいのか。

何が明らかになったのか。

どのようにしてかにしたのか。などでした。

こんな思い出を思い出しながら、懇親会は進みました。

最後はガーデンに出て、上から参加者全員の集合写真です。

まとめ

厳しかった博士課程も、振り返ってみると自分自身を鍛える試練だったのです。

博士号習得は研究者として一定の水準を求められるのですから当然です。

嬉しかった思い出は、明石先生から「松葉さん、一皮むけたね。」と褒めら

れた時でした。

話は尽きません。名残も尽きません。

しかし、時間がきたので、これで懇親会は終了です。

2016年3月5日(土)