ブッダが、初めてその教えを説いた、初転法輪の頃から、仏陀が説いた事は、私達に、人生は苦しみの集まったもので、その苦しみから逃れるには、どうすればいいのかという、ごく分かりやすい話の内容です。

仏陀の言葉は、漢文調になり、読み下しとなると、意味不明の外国語です。聞いてて分からないお経から、分かるお経になるように、宗教改革が起きたらいいなぁと思います。徳島ツアー(2)

これから向かうお寺は、18番札所の恩山寺です。少し、高台にあるお寺です。八十八ヶ所巡礼は、歩いて廻れば、達成感のレベルが格段に違うと思います。

巡礼衣装を着て、杖を持ち、傘をかぶって、ただひたすらに南無大師返照金剛を唱えながら、無心になって歩くのが、良いのです。

それを、車で、大した苦労もしないで、八十八ヶ所巡礼をしようとしているのですから、かなりの手抜きです。

小松島市では、今統一地方選挙の後半の、小松島市市議会選挙の選挙中です。

こんなところに、源義経が、上陸地の記念碑がありました。そうすると、このあたりは源平合戦の頃には、海岸線ということになります。

大型バスで乗り付けた、団体のお遍路さん達が、バスから降りて、ちょっとだけ、恩山寺までの坂道を歩いています。

恩山寺の入り口には、八十八ヶ所どこにもある、弘法大師の像が、参拝者を迎えてくれています。

恩山寺の階段を上ったその脇に、平屋の建物があり、覗いてみると、羅漢像が沢山祀られています。

さらにその横には、仏陀の十大弟子の像が、十体並んでいました。

この像を見ると、真言宗の源も、ゴーダマ仏陀が教えを説いた、仏教にその源があることがかすかに伝わってきます。

淡路島や四国の、真言宗のお寺には、大抵ソテツの樹が植えられています。真言宗と、ソテツには、何か繋がりがあるのでしょうか?

調べてみると、そもそもの始まりは、茶人の古田織部が、お寺のお庭に、ソテツやシュロなどの異国情緒を感じさせる唐木を奨励したようです。

さらにその横には、何百年になるのか、想像がつかないほど、大きなイチョウの木がありました。

第十八番札所恩山寺のご本尊様は、薬師如来です。

如来ですから、仏陀ではありません。如来は、悟りのレベルを表す、心理をよく理解している上位の段階で、仏陀そのものではありません。

一年で一番良い、一番イキイキとした季節です。野辺の花にも、植木の枝にも、生け垣にも、花が咲いています。

グループで、お詣りに来ている団体の方は、ほぼ、仕事を退いた、リタイアした世代の方々です。

道師がいて、お経を唱えると、皆さんその後から、追唱しています。その響きは、キリスト教の聖歌のようです。

しかし、漢文で書かれたお経を、音読みしているので、聞いていて、その意味が分かるようにはなっていません。

なぜ、平易な言葉で、子供にも、青年にも、壮年にも、老人にでも、聞けば分かるような、口語体のお経が唱えられないのでしょうか?

松葉博雄の幼い時、家に、お寺の住職さんが来られて、仏壇に向かって、読み下しのお経をあげているとき、何を言っているのかさっぱり分からず、ただただ、早く終わるようにと、しびれが切れないようにと念じて、お経を聞いていました。

日本の仏教は、どうして、平易な言葉で、聞いていたら分かる言葉で、お経を上げてくれないのでしょうか?お経自体の内容は、書物で見れば、仏陀が弟子に話した言葉が多くあります。

仏陀が、初めてその教えを説いた、初転法輪の頃から、仏陀が説いた事は、私達に、人生は苦しみの集まったもので、その苦しみから逃れるには、どうすればいいのかという、ごく分かりやすい話の内容です。

それが漢文調になり、読み下しとなると、もうまるで外国語です。

早く、このような分からないお経から、分かるお経に、宗教改革が起きたらいいなぁと思います。

2015年4月23日(木)