宝塚海軍航空隊予科練習生の戦没慰霊の慈母観音像が阿那賀ホテルの近くにありました。

宝塚海軍航空隊予科練習生の戦没慰霊の慈母観音像にお参りしてきました。 淡路の桜ヶ丘公園へ 阿那賀ホテル1泊2日招待(3)

宝塚海軍航空隊予科練習生の戦没慰霊の慈母観音像

阿那賀ホテルのチェックインは午後の3時です。

お昼ご飯を食べてもまだ時間があるので、この辺をぐるっと探索してみます。

行く場所を見つけたのは、慈母観音予科練習生墓碑のある桜ヶ丘公園です。

ちょっと探索してみます。

細い道を抜けてぱっと広がった先に観音様の像があり、お墓が並んでいます。

ここに宝塚で学ぶ予科練生が、

ここの海で亡くなった事を顕彰する為にお墓を作ったそうです。

観音様の側にいってみます。一人一人の墓碑があります。

もちろん、お骨はありません。

これは誰が作ったのでしょうか?観音様の後ろに行ってみます。

なんと、元住友銀行頭取の堀田庄三さんと、

三洋電機社長の井植歳男さんが発起人のようです。

あと、廣瀬勝代さん、山福吉郎さんが発起人になっています。

作成者は富永直樹さんです。

終戦間近の昭和20年8月2日に、宝塚海軍航空隊予科練習生が、

この近くの阿那賀港でアメリカ軍の爆撃を受け、

一瞬にして82名の若き予科練生が戦死しました。

終戦まであと2週間くらいです。本当に残念な戦死です。

思い出すのは沖縄の離島で見た、神風特攻隊隊員の慰霊碑 です。

沖縄にも同じ様な碑がありました。敗戦が濃厚になったなかでの戦死は、

後に残された家族にとってみると、いつまでも悔いが残ります。