沖縄から神戸まで、伊江島,伊是名島、伊平屋島,与論島へと続きます。琉球列島を見るフライト

伊江島、伊是名島、伊平屋島の記憶が蘇るような、空からの訪問でした。

沖縄から神戸へ飛行していると、行くときも帰るときも、お天気が良ければ、離島が窓越しに見えるときがあります。

飛行機から見える離島も、行った事がある離島であれば、なんとなく、見えている離島よりは、愛着が湧いてきます。

沖縄本島を通過すると、すぐに見えて来るのは、伊江島です。

そのあと、伊是名島、伊平屋島へと続きます。

これまで、訪れたことがあるのは、伊平屋島、伊是名島、伊江島などです。

伊江島は、空から見ると、飛行機の滑走路が、くっきり見える島です。

海から見ると、軍艦のように見える島です。

伊江島には、風が吹きあげてくる湧出(わじぃ)があります。この景色も絶景でした。


伊江島は、ピーナッツの島です。

昔は伊江島はピーナッツ畑でしたが、今では、ピーナッツも中国から買ってきて、伊江島のピーナッツのお菓子を作っているそうです。

伊平屋島と伊是名島は、すぐ隣の島ですが、二つの島は、歴史的に競争意識が強い島で、なにかと張り合っています。

 

伊是名島の金丸大王は第二尚王朝の開祖となりました。出世物語

伊是名島の今日は、どんよりとしたお天気で、サンゴのリーフの砂浜は輝いていません。

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ロケマップは、古い桟橋ナンバー5です。

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伊是名ビーチには、松林が続き、林の緑地には今を盛りに菜の花が咲いています。

まるでこの世の極楽のような、あの世の涅槃のような穏やかな風景です。

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なるほど確かに、菜の花の絨毯の上に座り静かに黙想をしていると、穏やかな心落ち着く場所でした。

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都会の喧噪はまったくありません。島の人の生活の音も聞こえません。

音があると言えば音があり、音がないと言えば音がありません。

禅問答で言う「無人の地に立木が倒れたとき、倒れた音は聞こえるか」と言う公案を思いだします。

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伊是名ビーチの浜辺で、片山正喜さんと少し雑談です。

2人とも気になっていることは、伊是名島から脱出した百姓の金丸は、その後どのようにして、琉球王朝を建てたのか?

なぜ尚氏の名前に変わったのか?と言うことです。

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伊是名ビーチに散らばっている珊瑚のかけらを集めて、金丸が、仲間もお金もないのに、伊是名島から対岸の本島に渡って、どうやって上手くやって行ったのか、沖縄の地図を砂の上に書きながら考えています。

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伊是名島から見れば、沖縄本島は大きな島です。

沖縄本島の北の先端部分が辺戸岬です。

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金丸は、信長型なのか、秀吉型なのか、それとも家康型なのか、政権を取るのはどのような出世物語があったのか、色々と想像してみました。

浜辺で談義していると10時頃になり、また仲田港に自転車で戻ります。

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昨日来たきれいな海を、ギタラ展望台でもう一度みます。

昨日は、太陽が出ていて、砂浜が白く輝いていましたが、今日は、曇り空でどんよりとしています。

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今回のギタラ展望台では、目の前に広がる珊瑚礁には、潮が満ちてきています。

潮が満ちると、浅瀬が出ている光景とは、また違います。

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そろそろお昼時になったので、昨日の経験に懲りて、ちゃんと店が開いている時間に、お昼ご飯を食べることにします。

仲田港の中にあるお店でお昼ご飯を食べます。

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中江裕司監督の「真夏の夜の夢」というポスターがあります。

主演は、柴本 幸さんと、蔵下 穂波さんです。

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航空写真で見ると、伊是名島の手前には、屋那覇島があり、屋那覇島には、珊瑚礁が広がり、あの珊瑚礁で、夏にはシュノーケリングをしてみたいなと誘われます。

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伊是名島と言えば、第二尚王朝を開いた尚円王の誕生の地です。

ここはどうしても、尚円王の銅像を見ることにします。

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伊是名島を外周する道路を、自転車で走っています。

この道路は、トライアスロンの会場となる道路です。海の見えるいいコースです。

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かわいそうなのは、伴走するリーです。

片山正喜さんの自転車の後を、リーは一生懸命走って着いていっていますが、もうハアハアと言ってしんどそうです。

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仲田港から、尚円王を祀る御庭公園の近くまでやってきました。

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伊是名島の百姓であった金丸が、見事、位人臣を極め尚円王となっていく最初のスタートとなる、伊是名島を脱出する、沖縄本島を指さす、金丸の銅像を見つけました。

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伊是名島の「百姓 金丸」は25歳の時この島を出て、55歳で琉球王朝を築いています。

相当な世渡り上手なのか、周りの人を惹きつける魅力ある人だったのか、何か特殊な才能を持っていたのか、これから与並岳生著「新 琉球王統史」を元に、調べます。

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第二尚王朝を開いたのは、島から出ておよそ30年後です。

金丸は、伊是名島から出て、宜名真(ぎなま)ー奥間ー久志へと流れて行き、越来(ごえく)グスクで、尚 泰久に出会い、家来になります、

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運が回るのは、尚 泰久が、その後、尚王に即位し、金丸は、王の側近として頭角を現していきます。

この辺りは、仕えた人がよかったことになります。

尚 泰久王が亡くなり、嫡子の金橋王子が即位するべきところ、側室の子、幼い八幡王子の尚徳が即位することになりました。

この背景にも、金丸が画策したと言われています。

八幡王子の尚徳王が成人すると、25歳の尚徳王と51歳の金丸とは、考え方に違いがでて、やがて衝突するようになります。

尚徳王が没し、幼い尚徳王の子どもを即位させようとしたとき、霊能者・予言者の安里が現れ、幼い王の即位を反対します。

これも、霊能者・預言者の背後に金丸の画策があったのではないかと、記されています。

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そして、金丸は、幼い王子に代わり、自らがクーデターを起こす形で、尚円王を名乗り、即位しました。

これまでの尚王家と、血縁・血統関係がないので、ここから、金丸の作った尚王朝は、第二尚王朝と言われるゆえんとなっています。

このとき、金丸は55歳。伊是名島を出て30年後の事です。

伊是名島から出て本島を制覇し、第二尚王朝を建てたとは、大したものです。第二尚王朝は、その後、1879年(明治12年)まで続きます。

出典:

与並岳生著「新 琉球王統史」(新星出版 2005年)

沖縄歴史教育研究会編 新城俊昭著 高等学校「琉球・沖縄史」(東洋企画 2001年)

沖縄歴史教育研究会編「琉球・沖縄の歴史と文化」(東洋企画 2010年)

伊是名島の金丸大王の記事は終了です。

 

伊是名島は不思議な島で、水の足りない沖縄ですが、伊是名島は、一年中水がかれない水田がありました。

伊是名島が、島中をあげて応援するのが、毎年10月のトライアスロン大会です。トライアスロンをミニ体験したつもりで自転車を漕いでみれば、なんとなく遠くから応援が聞こえてきます。

伊是名島は山が多く、緑の多い島です。

伊平屋島は、高い山がなくて、平坦な島です。

あのときの思い出を思い出しながら、ぼんやりと島を見ていても、飛行機であれば、ほんの数分で島から島へと移動してしまいます。

今見えている離島は、南北に細長く延びている、伊平屋島です。

伊平屋島の中でも、特に野甫の海岸が綺麗で、あのエメラルドグリーンの海で泳いだことが思い出されます。

伊平島の思い出

伊平島の野甫岳から耳を澄まして風の音を聞くと、白い砂浜が続く米崎海岸から波の音が、緑の山の阿波岳から

伊平屋島の野甫岳から耳を澄まして風の音を聞くと、米崎海岸から波の音が、阿波岳から小鳥のさえずりが聞こえてきます。

「民宿野甫」の夕ご飯は7時からです。

それまで野甫の山まで、これから少し一人で歩いてみます。

野甫の島をゆっくり歩いています。向こうに見えるのは伊是名島です。

野甫島には、至る所にハイビスカスが咲いています。

ゆっくり日が沈む頃、長い影が出来て、自分の影を追うように島を歩いています。

島の人口は伊平屋島全体で約1500人ですから、野甫島だったら100人ちょっとくらいでしょうか。

少しずつ標高が上がってくると、向こうの伊是名島が見えるようになりました。

沖縄の本島では、どんどん鉄筋コンクリートに立て替えられているお家も、地方に行くと昔流の木造建築瓦葺きが残っています。

野甫の島は高い山が無いので、台風の時には島全体が強風にさらされる事と思います。

島の木々は緑豊かで、やわらかい若芽は、少しの風にでも身をくねらすような、柔らかい踊りをしているように見えます。

風よけのために、珊瑚礁の岩を丁寧に積み重ねた石垣が残っています。

この石垣の一番下の段を積んだのは、いつの時代の誰でしょうか?その頃は、この島はどんな島だったのでしょうか?

石垣に代ってブロック塀もあります。

ブロック塀の内側から、バナナの木が道路に伸び出ています。

台風のための石垣も、ハブにとっては絶好の住み家になります。

石垣の隙間にはハブが潜んでいて、夕方になって日が沈み、涼しくなって辺りが暗くなると、ハブは出てきます。

野甫島の一番高いところに展望台があるので行ってみます。

わずか100mくらいの標高です。

この展望台の上からは、野甫大橋が見えました。

神戸から沖縄に来る時に、飛行機の窓から、この伊平屋島を何度か見たことがありました。

そこに小さな離れ島があるのを見ていました。

前から行きたいなと思っていたところに、今日立っているのが感慨無量です。

飛行機から見る小さな島も歩いてみると大きな島です

。1万mの高さから見ると、伊是名島と野甫島は、離れているように見えました。

このくらいの距離なら、泳いで渡るつもりでした。

実際には2つの島は橋で繋がり、その海峡は潮の流れが速くて、泳いで渡るのは難しいようです。

向こうの本島を見ています。本島と言っても、伊平屋島の本島です。

誰もいないと思っていた展望台には二人の先客がいて、この美しい景色をビデオ撮影しています。

伊平屋島の沖縄に一番近い突き出した部分は、米崎海岸で砂浜だけのような岬です。

こちらから見ると、白い砂浜が長く続いていて、離島のように見えます。

野甫地区には、およそ100人の人が住んでいて、小学校もあります。

食料品の調達は、野甫共同販売店があります。共同販売店は沖縄の各地区に一軒はあります。

伊平屋島 野甫の思い出は終わります。

 

伊平屋島には、橋で繋がった野甫があり、野甫の展望台で、このあたりの景色を見たことを思い出します。

このあたりの海は、見ていると飛び込みたくなるような綺麗な海です。

しかし、ここにも戦争で亡くなった、尊い命を顕彰する神風特攻隊隊員の慰霊碑がありました。

もし、海に飛び込んでみても、実はこの辺りは海流が早く、思うようには泳げません。

伊平屋島には、天照大神がこの土地に居たのではないかという、伝説のクマヤ洞窟がありました。

伊平屋島と伊是名島は、公式な航路はありません。

一旦本島に渡って、向かいの島に行くことになります。

まだまだ、思い出して書き留めておきたい島もあります。

今回は、琉球列島の一部だけです。他の島はまたの機会です。

まもなく飛行機は、明石海峡大橋を飛び越えて、神戸空港に着陸態勢に入ります。窓からは、淡路島の岩屋の街が見えます。

日本には、沢山の島があって、その島を繋ぐ橋も、たくさんあります。この次は橋めぐりもしたいものです。

 

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