阪神淡路大震災から100日を超えました。:阪神淡路大震災後99日目~104日目

大震災で倒壊した、三宮中心の倒壊ビルの取り壊しが進んでいます。

「取り壊し工事が進んでいます」

阪神大震災から数えて99日目です。このごろ季節が冬からはっきりと暖かい春に変わり、周りの人たちの着ている服も、寒さよけから暖かい薄着になりつつあります。

季節が変われば、行動が変わってきています。これまで寒さに対して暖かさをどのようにとるのか、苦労していました。それが着る物も薄くてよくなり、なんだか気持ちが明るくなっています。

しかし、困った問題があります。それは、食べ物が痛み易くなったことです。こうなると、冷蔵庫が必要になってきます。ところが、冷蔵庫は壊れて使えないとか、冷蔵庫を買うと思っても、売っている店が倒壊して遠くまで行かないと買えないとか、普段の生活から考えると、冷蔵庫一つとってみても、どうしようかと思うような生活が続いています。

 


 

今日は、阪神大震災から100日目の一つの区切りの日です。3カ月ちょっとで何が変わったかと言えば、三宮の中心街は倒壊したビルの取り壊しが進み始めています。

ちょうど春の花粉症の頃と重なり、鉄筋コンクリートを壊すときに発生する粉塵が、花粉と絡み合って、風に乗り、容赦なく神戸の市民の目に飛び込んできます。

神戸の街は復興に向けて少しずつ前進しています。まず、被害の状況を認定し、危険と判断されたビルは撤去が始まっています。

大きなビルをブルドーザーを使って壊しています。平時であれば、許されないほどの荒っぽい壊し方です。

ビルの切断面を見るような光景です。こんなビルの切断した光景を見るのは初めてですが、どこもかしこも取り壊していると、特に驚きがなくなるように、異常さに慣れてしまっています。

最近は、全国の各地から神戸への震災を見るための方が多く神戸の街に来ています。

もの珍しさもありますが、都市研究をする人や、行政に関わる人たちは、このような何十年に一回の震災を、どのように次の教訓に繋げるかを研究しているようです。

復興についても、建設会社だけでなく、市町村や大都市の都市建設に携わる人たちが神戸の街を研究に来ています。

切実な問題の中に、トイレの問題やし尿処理の問題も毎日発生する問題なのです。このような都市政策について、普段考えられなかった危機管理の立場から多くの研究者や行政に関わる人たち、さらに生産に関わる企業から神戸の街を、今後の事例研究として見ている人たちが多くいます。

ビルの壊し方は、普段では絶対に許されないほど荒っぽい解体の仕方をしています。近隣のことを考えると、防音、防塵のためのシートを張ります。それが、そこらじゅうが倒壊したビルが一斉に解体しているときには、埃が飛ばないようにホースで水をかけるのがやっとの状況です。

毎日見ている私にも、神経が麻痺したのか、慣れてしまったのか、ビルを横から壊していくブルドーザーの動きを珍しくもなくなってしまっています。


我が家では、子供の教育上の問題もあり、7年前にテレビのコードを切断し、それ以来テレビのない生活を送っていました。

しかし、震災を機に、テレビでニュースを見て情報を収集すること、張りつめた復興への精神状態を和らげるために、最近ではテレビを自宅で見ることになりました。

肝心のニュースの中心は、毎日、オウム真理教の事件と麻原彰晃のことばかりです。

阪神淡路大震災100日目:1995年4月26日(水)


 

今日の休みはメニコンの安永さんと元気をつけるために何か体を動かすためのスポーツをしようということになりました。

今直面している糖尿病についても、基本的には運動不足が原因にあります。天災が起きて気がついたことは、生きるか死ぬかがあって、その復旧に当たっているときには、スポーツという概念すらもすっかり忘れてしまっていました。

それが、体にはちゃんと出てきて、運動不足が血糖値を押し上げる要因のひとつになっていました。

今日のスポーツは、市街地から離れて郊外に出て、燃えるような若葉や若草の上を歩いてみました。気温が上昇して、少し歩くだけで体は汗が滲んできました。久しぶりの快感です。


専門医の先生のアドバイスです。糖尿病については、緊急の問題はないということで、食事・健康管理等、長期的な取り組みをするようにというアドバイスを頂きました。

できたらプールで水泳をすれば、全身運動になり、とっても良い効果が期待できるのですが、プールに行くにはまだ先のことになりそうです。


100日を過ぎた頃の新聞やテレビのニュースでは、救援活動のために集まってきた自衛隊の救援活動が一段落をし、阪神大震災の被災地から全面撤退をするというニュースが伝わってきていました。

自衛隊の救援活動には、ずいぶんと助けられました。被害者の救出から始まり、水の確保や治安維持など、市民生活を維持するために見えないところでも、隊員の方々がサポートしてくれていたようです。

阪神淡路大震災101日目:1995年4月27日(木)


 

今日のニュースでは、政府が1995年1月19日に設置した「緊急対策本部」を、今日、解散しました。政府の判断では、神戸の街や阪神・淡路大震災の被災地は、一応緊急状態を脱したという判断になりました。

これからは、地方自治体を中心に自分たちで自分の生活を守っていくことになります。

阪神淡路大震災102日目:1995年4月28日(金)


 

兵庫県眼科会長の有澤武先生は勲四等瑞宝章に叙せられました。この朗報を聞き、お祝いを申し上げました。

阪神淡路大震災103日目:1995年4月29日(土)


 

今日は白陵高校の父兄会の日です。進学の相談もあり、松葉博雄が行かなければならないところですが、震災復興の指揮を執る立場もあり、代理に奥さんが出席しました。

医学部に進学する意思なので、かなりの成績を要求されるのですが、今、子供はどのぐらいの成績で、この成績ならどのぐらいの見込みがあるか、先生と父兄、そして本人の三者面談があります。

気になることですが、残念ながら父兄会にはいけませんでした。


今日のニュースでは、下水道の仮復旧が完了したとのことです。

まだ仮復旧なので、震災直後の火災で焼け野原になってしまったようなところでは、当然まだまだ復旧には至っていません。

阪神淡路大震災104日目:1995年4月30日(日)



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