うだつ(卯建)街並み保存地区で、筋整流法本部 伝承者 小口昭宣先生の指導を受けました。

うだつ(卯建)街並み保存地区で 筋整流法本部 伝承者 小口昭宣先生の筋整流法を体験しました。足の裏の筋を刺激して、血流を良くします。 徳島(2)

筋整流法本部 伝承者 小口昭宣先生と出会ったお話です。

徳島県美馬市穴吹町のうだつの町並みに来ています。

うだつの町並みに隣接する、道の駅藍蔵に入ってみます。

うだつとは、卯建と表記します。

うだつとは、隣家との境界に取り付けられた

土造りの防火壁のことで、

これを造るには相当の費用がかかったため、

裕福な家しか設けることができません。

つまり、「うだつが上がる」ということは

、富の象徴であり、「うだつの町並み」は、

当時の繁栄を物語っているんだそうです。

各家々のうだつには家紋や細工が施され、

その豪華さが商人の権威を表しています。

ある程度裕福な家でないとうだつを上げられなかったことから、

出世ができない、身分がぱっとしないことが

「うだつが上がらない」という慣用句になったと言われています。

7月下旬の焼け付くような、

暑い暑い熱波が頭上から照りつけています。

こんな時は、一刻も早く、日陰に入りたいものです。

道の駅藍蔵には、

藍染めを使った現代風の洋服が販売されています。

藍蔵の2階は、飲食が提供されるスペースになっています。

四国の事なので、もちろん、うどんもあります。

藍蔵の前は、小さいスペースの庭があり、

庭の芝生に太陽が照りつけています。

蝉の声がミンミンと鳴きやまず、

暑い暑い真夏を感じさせます。

太陽はほぼ頭上です。つまりお昼時です。

頭上に太陽が位置すると、もっとも影が少なくなります。

「うだつ名物 そば米雑炊」と書いています。

「そば米雑炊」というのは、

今でこそ徳島県下全域で食べられていますが、

元々は源平の合戦に敗れた平家が身を潜めたとされる

東祖谷山村が発祥だそうです。

落人達は栽培期間が短いソバを作って主食代用とし、

そばで雑炊や団子などの料理を作り、

食べていたと言われているそうです。

森家と書かれた看板を見つけました。

森家は、天文年間(16世紀後半)より脇町に居住し、

弘化年間(18世紀半ば)から、醸造業を営んでいました。

当家屋は、明治13年に建て替えられたものです。

外から覗いていると、中に人がいて、

その人が「どうぞお入り下さい」と声を掛けて下さいました。

普通のおじさんと思ってたら、

後から分かったことは、

この方は徳島大学教授医学博士 大橋眞先生でした。

森家の屋敷に入ってみると、

医院を昭和29年までしていた様子が、

伝わってきます。松葉博雄の幼い頃、

松葉真一祖父は眼科医で、松葉章一父は、

産婦人科医で、松葉登美子母は、眼科医でした。

3人とも自宅で医院を開業していたので、

幼い頃に見た、懐かしい医院の風景が甦ってきます。

明治の郵便制度発足後、

7代目当主が郵便局長を拝命、

郵便局として使用されていた当時の窓口がそのままの形で残っています。

9代目当主が大正8年に当家で医院を開業し、

昭和29年まで診療を続けていました。

開業当時の診察施設が、

そのままの形で現在も保存されています。

なお、当屋敷は中町通りまで裏庭を隔てて貫通しており、

裏に門屋敷・長屋門が現存しています。

「昭和九年度 学校醫執務日誌 

徳島県立脇町中学校」と書かれた物がありました。

脇町中学校は、2005年の市町村合併により、

美馬市立脇町中学校になっています。

子供の頃、怖いなぁと思ったのは、医学標本です。

夜、医学標本がある部屋を、横切るときは、怖さがいっぱいでした。

待合室には火鉢が置いてあり、患者さん達は、

畳の上で座って待つのが普通でした。

お座敷の方に移ると、そこでは何人もの人がいて、

訪れた人に、講師がお話をしていました。

そーっと近づき、お話を聞いていると、

これから希望者に、施術をするようです。

筋整流法本部の小口昭宣さんが、

筋整流について、お話を聞かせてくれました。

筋整流法については、均整流法のホームページを参照して下さい。

松葉博雄と奥さんは、希望して、

筋整流法の施術を受けることになりました。

短時間のお話なので、全てを理解したわけではありませんが、

今日のお話の中心は、足の裏の筋肉にあります。

靴下を脱いで、足の指先を使って、

畳の上を歩くのではなくて、

足をすり寄せて、

足の指で畳をキャッチして前に進みます。

やってみるとなかなか難しい事です。

次に、足の指と指の骨の間にある、

筋を自分の手の指の先で、押さえていきます。

これによって、普段つかっていない足の裏の筋を活性するように、

脳に指示が行きます。

昔は、素足で生活していました。その時には、

足の指で地面や、床をつかんで、歩んでいました。

その足の裏の指の働きを、復活させようという事が

、筋整流法の教えのようです。

実際に施術を受けて、腰痛がどう変わるか、前屈をしてみました。

腰が痛くて、前屈が出来なかったのですが、

やや改善されました。

これを続けると、手の先が床に付くようになるそうです。

今日の筋整流法による施術は、年に2回、

この森家の屋敷を使って、ボランティアで行われているそうです。

たまたま偶然がかさなり、徳島大学教授の大橋眞先生や、

筋整流本部の小口昭宣先生、

そして、匿名ですが、病院勤務の先生らの、

筋整流法を支持する人達と出会いがありました。

メモに書いて、忘れないようにしたことは、

筋整流法を自分自身で実行するとき、

①入浴後身体を温める(湿布薬で冷やしてはいけない)

②骨間筋を刺激する

③骨間筋刺激の後は、立ち上がり、足踏みをして、屈伸を行う

これらを毎日行い、行った日は、

カレンダーに丸印を入れ、筋整流法が続くように、

奥さんと励まし合うことだそうです。

著名な先生方と、偶然出会いがあり、

いろいろ腰痛対策を直伝して頂きました。

奥さんも、身体の矯正について、

具体的な筋整流法を指導を受けました。

うだつの街並みは、「重要伝統的建造物群保存地区」になっており、

日本の道100選にも選ばれています。

うだつが上がると言われるうだつの町並みで、

筋整流法を教わったことで、

腰痛により、腰が上がらないという事から、

解放されたらいいなと思いました。

2014年7月24日(木)

うだつ(卯建)街並み保存地区で、筋整流法本部 伝承者 小口昭宣先生の指導を受けました。” に対して1件のコメントがあります。

  1. 美馬佑造 より:

    実にこまめに、サイトを作っておられます。ただただ、感心するばかりです。14,11,24

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