お墓をつくるなら、日当たりの良い、海の見える高台が、昔も今も良いようです。

綾部山古墳群は、3世紀代のもので、古墳と言うべきか弥生時代の墳丘墓と言うべきか、極めて微妙な時代の貴重な遺跡のようです。古代の豪族が選んだ場所は、日当たりの良い、海の見える、絶景のポイントです。 綾部梅林(3)

お墓を作るなら、有力者がお墓を作るなら、綾部山のような緩やかな丘陵地で、日当たりの良い、水はけの良い、見晴らしの良い、海の見える、日の当たる場所に、お墓を作りたくなる気持ちが理解できます。

現実に、ここ、たつの市御津町の綾部山には、沢山の古墳が保存されています。播磨の豪族が競って、この地に終の棲家を築いたようです。

松葉博雄と奥さんは、入り口で買った入場券に、甘酒の無料サービスが付いているのを見逃しません。どこに行けば甘酒が頂けるのか、過去の学習体験から、大体の場所を知っています。

少しずつ見晴らしが良くなり、つい足を止めて、周りの景色と、ひとめ二万本の梅の木を振り返って見たくなるような、そんな所に、計算ずくで、甘酒の無料サービスの場所がありました。

黒岩梅園組合の組合員の婦人部の皆さんは、今話題の割烹着を着て、甘酒のサービスに努めています。

甘酒といえば、熱々が普通ですが、篠山市の「自然薯庵」で飲んだ甘酒は、冷たい甘酒だったことを思い出します。

甘酒は、小さな湯呑み茶碗の器で、渡されます。無料なので、文句は言えませんが、寒い寒い、雪がちらつくようなこんな寒い日には、もう少し大きな器で、熱々の甘酒が欲しいなと思います。

どこで座って頂こうか、プレハブのサービス処には、腰掛ける椅子もないので、プレハブから出て、向かいにある、テントで囲った場所に座って、甘酒を頂きました。とても美味しい、身体の温まる甘酒でした。

プレハブの甘酒サービス処の窓口には、雛人形と、綾部山に咲く花を集めた花瓶で、季節を演出していました。この心配りは、男性にはなかなか気がつかない、婦人部の気配りだと思います。

坂道をゆっくり上がっていくと、向こうの方に、海が見える高さになりました。

とても良く晴れているので、眺めは最高です。左には淡路島、右には徳島が見えます。

デジカメで沢山の写真を撮っていますが、出来具合を見てみると、近点がぼけている写真が多く、もう少し上手に撮らないと、梅のつぼみや、一輪ごとの輪郭が、はっきり撮れていないことがあります。

写真愛好家のグループが、ベストアングルの場所に陣取っています。この愛好家の場所に行けば、綾部山の最高の景色が映せそうです。丁度、魚の群れを教えてくれる、カモメのような、よく分かる場所です。

確かに、写真を撮るには良い場所です。向こうの方の段々畑にも、これから咲く梅の木や、既に咲いている梅の木が、混じり合って、段々畑に彩りを添えています。

カメラを引いて近くを見れば、今が見頃の八分咲きくらいの、梅の花が、絢爛豪華に春の光を浴びて、美しく華やかに咲き誇っています。なるほど、写真愛好家は良い場所を見つけるなぁと、感心しました。

綾部山 古墳群之碑があります。綾部山古墳群は、5世紀(中期)~7世紀(終末期)にかけての古墳群と言われており、発見された、これらの遺跡も 『5世紀頃の古墳である』と考えて本発掘調査に入ったそうです。

しかしそれは、とんでもない間違いでした。

この古墳の跡は、もっと以前の3世紀代のもので、古墳と言うべきか弥生時代の墳丘墓と言うべきか、判断しにくい極めて微妙な時代の貴重な遺跡であるということが判明したそうです。(ホームページより)

写真愛好家が見つけた場所は、古代の豪族も選んだ、絶景の場所だということが、一致していました。亡くなった後も、葬られるには、景色が良くて、日当たりが良くて、海が見えて、というように、お墓も生きているときと同じ、場所についての選択基準になっています。

2014年3月6日(木)