淡路市岩屋 イノシシに食べ尽くされても、残った命 ― 棚田のユリを鉢に植え替える
投稿No:10524
淡路市岩屋 イノシシに食べ尽くされても、残った命 ― 棚田のユリを鉢に植え替える
淡路市岩屋の、私が整備した棚田に
沖永良部島から取り寄せた
ユリの球根を植えたのは、
2024年11月のことでした。
以前、沖縄の伊江島で目にした

白ユリの群生の美しさが忘れられず、
ずっと心に残っていたのです。
(過去ブログ:サンゴ礁が育んだ伊江島の自然と歴史)
その後、結婚50年の記念に訪れた沖永良部島で、
またしても見事に咲き誇る白ユリに出会いました。
「この花を、自分の手で育ててみたい」
そう思い、自宅近くの畑に植えることを決めました。
せっかく植えるならと、
結婚記念日に合わせて咲かせたいと考え、
開花時期を逆算して計画を立てました。

棚田を整備し
土に肥料を入れて耕し
沖永良部島の農家から直接取り寄せた ユリの球根を約100個植えました。

(過去ブログ:沖永良部島から取り寄せた ユリの球根植え付け)
その努力の甲斐あって、
まるで結婚記念日を祝ってくれるかのように、
ユリは一斉に花を咲かせてくれました。
真っ白な大輪の花が棚田一面に広がり、

心から満足し、喜びを感じた瞬間でした。
(過去ブログ:沖永良部島で見たユリ 記念日に満開になりました)
沖永良部島は、テッポウユリの原産地。
「えらぶゆり」として、
古くから人々に愛されてきました。
1899年、イギリス人貿易商アイザック・バンティング氏により
見いだされた野生のユリは、
「イースターリリー」として海外へ輸出され、
世界的に知られる花となります。
それから120年以上、
大切に守られ育てられてきた歴史があります。
最盛期には、横浜の倉庫が
「えらぶゆり」の球根で埋め尽くされた
とも言われています。
塩害に強い「えらぶゆり」は、
同じ島である淡路島の環境にも
よく適していたのでしょう。
しかし――。喜びは長くは続きませんでした。
夏の間に棚田は雑草に覆われ、
その隙を突くように、
近隣に生息するイノシシが侵入。
ユリの球根は掘り起こされ、
ほぼすべて食べ尽くされてしまったのです。

「来年も、きっと咲いてくれる」
そう信じていたユリたちは全滅。
自然の厳しさを、改めて思い知らされました。
ユリは多年草で、
花後の管理さえしっかりすれば
翌年も花を咲かせてくれるはずでした。
そんな中――
土の間から、 いくつかの小さな芽が
静かに顔を出しているのを見つけました。

奇跡的に生き残ったユリです。
私はそれらを丁寧に掘り起こし、
棚田ではなく、 自宅の庭で
鉢植えにして育てることにしました。
これならイノシシに狙われる心配もなく、
安心して見守ることができます。
鉢植えは土が古くなりやすく、

根詰まりもしやすいため、
新しい土に入れ替え、 環境を整えました。

思い通りにならないことの方が 多いのが自然です。
失ったものを嘆くより、
残された命に目を向け、 大切に育てていく。
その意味を、 この小さなユリの芽が
静かに教えてくれている気がします。

お正月用に植えていた葉牡丹の隣に、
そっと鉢を並べました。

今年の6月、 また見事な白百合の花が咲く日を、
今から楽しみにしています。
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