1.17のつどいへ あの日のことを忘れないように 神戸市震災追悼へ行ってきました

投稿No:9615

1.17のつどいへ あの日のことを忘れないように、鎮魂に訪れました

忘れないで、災害を忘れないで

崩壊したさんプラザビル

阪神淡路大震災と、

震災復興への取り組みは、忘れないで防災を。

毎年1月17日になると、思い出が蘇って来ます。

忘れないで、忘れません。 

1995年1月17日の阪神淡路大震災から28年を迎えます。

阪神淡路大震災

阪神淡路大震災を風化させてはいけません。

私達が学ぶことは、

天災事変が起きたときも、

気持ちの持ちようです。

防ぐことはできない災害であっても、

緊急時の避難の方法や、助け合うことは、

これからも活かしていかなければ、

前回の教訓が活かされません。

大地震なんて、他人事だと思っていました。

神戸には、地震には縁がないと思っていました。

すっかり油断している時に、

ある日突然、大地震がやってきました。

この時の、様子の一部を震災記録に残していますので、

何かの教訓になるかもしれませんので、

是非、阪神淡路大震災復興記録をご覧ください。

あれから28年

毎年、追悼の催しが行われています。

阪神淡路大震災の1.17のつどいへ行って来ました。

場所は、神戸市役所南の

東遊園地で開催されています。

今年のテーマは「むすぶ」

今年のテーマは「むすぶ」です。

ボランティアの方達が並べてくれています。

紙灯籠や竹灯籠には、

皆さんの様々な思いが書かれているものもありました。

ロウソクをならべ、

「むすぶ」の文字が作られていました。

こちらは希望の灯りとして、

何回かに分けて灯りをつけます。

各メディアも撮影に訪れていて

メディア関係者の足場には、

東日本大震災で起きた

津波の高さの表示が貼られていました。

阪神淡路大震災だけでなく、

東日本大震災のことも触れられています。

どちらも忘れてはならない大災害です。

1995年1月17日 午前5時46分。

阪神淡路大震災が発生し、

私たちの大切なものを数多く奪っていきました。

あの震災から、28年の月日が経過しました。

特に神戸市市街地の被害は甚大で、

犠牲者は6,434人にも達し、

戦後の災害としては

東日本大震災に次ぐ被害規模となりました。

震災でお亡くなりになられた方を追悼するとともに、

震災で培われた「きずな・支えあう心」

「やさしさ・思いやり」の大切さを

次世代へ語り継いでいくため、

「阪神淡路大震災1.17のつどい」を、

神戸市中央区の東遊園地で行っています。

(参考:公式ホームページ

1.17のつどいは募金・寄付を元に実施されています。

そのため、会場のあちらこちらに

募金箱が設置されていました。

毎年1.17には、東遊園地

今までは記帳をすると献花のための白い菊の花を

配ってくれていましたが、

今年は新型コロナウイルスの対策として

行っていませんでした。

コロナ禍前までは、記帳をすると

献花のための白い菊の花を配ってくれ、

菊の花の献花は、

円形の池のような水の中に投げ込みます。

投げ込んだ後は、皆さん両手を合わせて、

阪神大震災で亡くなった方の冥福を祈るかのように、

黙祷をしています。

(過去ブログ:阪神淡路大震災から23年

阪神淡路大震災の記憶は遠のくばかりですが、

当時の様々な記憶が蘇ってきます。

救急車や消防車のサイレンの音、

上空のヘリコプターの爆音は、

不安感を煽る音として記憶に残っています。

阪神淡路大震災の直後、

罹災した皆さんは、

神戸市役所に大勢集まっていました。

神戸市役所では、一階のホールに

罹災者の止まる場所も自然発生的に出来て、

多くの方が段ボールを敷き、

毛布をかぶって寒い一日を過ごしていました。

センター街の倒壊状況

一階ホールでは、私はここにいます。という貼り紙が

沢山貼られていました。

携帯電話のない時代で、お互いの安否確認や

消息を求めて、市民の皆さんが集まっていました。

1月17日にさんプラザビルが全面倒壊し、

立ち入り禁止になりました。

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すぐに代わりの店舗を探し、

2月の1日から代替店舗での営業を始めました。

スタッフは通勤できなくなり、退職していきました。

そのような中で、すぐに往復葉書を使って、

お客様の安否とコンタクトレンズの状況をお伺いしました。

多くの方から、コンタクトレンズがなくて

困っているという返信があり、

すぐにメーカーの協力を得て、

レンズの無料配布や大幅割引販売と、

ケア用品の無料配布を何回も行いました。

竹の灯篭は、震災の起きた

1月17日の朝5時に点灯が開始されます。

黙禱は震災の起きた5時46分に行われます。

当時の記憶を写真や文書で伝え、

阪神淡路大震災で味わった苦しみ、辛さ、

支えて頂いた感謝の気持ち、

復興の意欲を忘れてはならないと思いました。

私達にとって地震は身近なものであり、

阪神・淡路大震災で受けた甚大な被害や失ったものを、

決して忘れてはいけません。

備えあれば憂いなし、と言うように、

天災は語り継いで、防災の意識を持ち続けることで、

被害を最小限にとどめることにつながります。

何もなく平穏に終わる1日、1ヶ月、1年を、

感謝する気持ちで過ごしていきます。

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