『四国こんぴら歌舞伎大芝居』第二十回記念観劇旅行

松葉博雄の研究活動は、活動範囲を広げ、古典芸能の研究に向いました。

金毘羅

四国の琴平に行き、重要文化財の金毘羅大芝居を見てきました。

金毘羅

金毘羅さんにお参りする石段を少し登ったところに、こんぴら歌舞伎の金丸座があります。

金毘羅

金丸座の大きな垂れ幕がありました。

金毘羅

金丸座は天保6年(1835年)に建築されましたので、その歴史は170年ほどになります。最近改修工事が行なわれ、一層客席と舞台が一体となりました。金丸座が近づくにつれて、役者の名前を書いた幟(のぼり)が風にたなびき、花火の音が景気をつけ、太鼓のリズミカルな音が「早く行かないと」と、気分を高揚させます。

金毘羅

客席は730席あります。これまであった中央の4本の鉄柱が取り除かれ、舞台が見やすくなりました。

金毘羅

桝席の定員は、一桝5名で畳の上に座って見るのですが、正座をすることも最近はあまりないので、足を崩すには狭くて窮屈に感じました。

金毘羅

今回の第二十回記念「四国こんぴら歌舞伎大芝居」は、「再桜遇清水」(さいかいざくらみそめのきよみず)で、主演は中村吉右衛門、共演は中村梅玉、中村魁春でした。

金毘羅

芝居の後に「こんぴら歌舞伎第二十回記念 ニ代目中村魁春襲名披露口上」があり、最後に「羽衣」が演じられました。

復元された「かけすじ」を使って、天女の舞を宙乗りする中村魁春の踊りは見事でした。

中村吉右衛門がはじめて金丸座を訪れたのは、1984年。沢村藤十郎、中村勘九郎と一緒だった。小屋の素晴らしさに感動した三人の熱意が周囲を動かし、翌85年、第一回金毘羅歌舞伎公演が実現したと言う。
(2004年4月11日「日本経済新聞」より抜粋)

金毘羅

芝居小屋では、日本舞踊の家元「三世 花川梅蝶」師匠と同席させて頂き、歌舞伎の舞、役者の流派などを話題に色々と古典芸能の知識を教えて頂きました。

金毘羅

やはり古典というものは永く受け継がれる魅力というものがあることをこの金丸座で改めて感じました。

金毘羅

翌日金毘羅参りをする道のりで、中村吉右衛門ご夫妻とお会いできました。昨日の舞台の感想や隠れたご苦労されているお話などを少しお聞きすることができ、松葉博雄の古典芸能研究の成果を得られました。

この四国路金毘羅歌舞伎の鑑賞会は、思わぬ物語の発展に繋がっていきます。 そのきっかけは、松葉博雄が花川梅蝶師匠に渡した1枚の名刺から始まります。

2004年4月7日(水)