行ってみました ザ・リッツ・カールトン沖縄へ行ってみました。

行ってみました 喜瀬別邸から名前が変わった、ザ・リッツ・カールトン沖縄へ行ってみました。第139回沖縄訪問(3)

行ってみました。どんなホテルか行ってみました。行ってみると、ゴルフ場の中に、ザ・リッツ・カールトン沖縄はありました。

12月30日、一夜明けると前兼久の海は大荒れです。風は強くビュンビュン吹いています。昨日までの穏やかな天気が一変して、嵐になっています。気温も下がっています。

ぐっすり寝てもまだ眠たいほど、あくびが出ます。松葉博雄が寝ている間、奥さんは一足早く起きて朝ご飯を作ってくれていました。一人で来たときは自分で朝ご飯を作ります。やはり、作ってもらえる方が助かります。

ムーンビーチホテルの沖合は、白い波が珊瑚礁に沿って、一本の白い太い線を描いたように、際だった波を起こしています。空は曇天で、雲は低くたれ込み、沖縄らしくない天気です。

ムーンビーチの左側に、冨着の集落があります。そこには、タイガービーチが広がっていました。冨着の人達の憩いの場所でした。そこで、ホテルモントレ沖縄の建設工事が進んでいます。

村の人達は、これだけの巨大な、まるで岩のような、環境破壊型のホテルが出来るとは思っていなかったようです。壁が出来たような、屏風が立ったように、視界を著しく遮る巨大なホテルができると、もう向こうが見えなくなってしまいました。近所の人達は、大変な不満をもっています。

今朝の朝ご飯は、神戸から送っていた鰻の蒲焼きを解凍して、鰻丼にして頂きました。

朝ご飯を頂くときに、釜の底から、こんがりとしたお焦げが出てきました。このお焦げで、おにぎりを作って、塩をまぶして食べると、とても美味しかった、子どもの頃の思い出があります。

奥さんが作ってくれた上等な朝ご飯です。朝ご飯をたべると、片山正喜さんに連絡して、これからお昼ご飯をどこかに一緒に食べに行こうと約束しました。

12時頃、片山正喜さんは松葉博雄のホテルに来られました。これから片山正喜さんとお昼ご飯を食べに行きます。外は大変強い風です。

向かうのは、昨年の2012年5月に沖縄に出来た高級ホテル、ザ・リッツ・カールトン沖縄です。実際は、これまで、金秀ホテルがやっていたリゾートホテル「喜瀬別邸」をお色直しして、改めてリッツ・カールトンがホテル運営をする形をとっています。

ゴルフ場の中にザ・リッツ・カールトン沖縄があります。ここは、沖縄サミットが開催されたブセナホテルのすぐ真向かいにあるゴルフ場です。

ザ・リッツ・カールトン沖縄には、地下室から入っていきます。金秀が経営していた時のホテルの名は「喜瀬別邸HOTEL&SPA」でした。

沖縄サミットの会場と、ブセナホテルの建て方と、喜瀬別邸ホテルは、よく似ています。海から少し高台にあるので、建物の周りに、海の代わりとしてプールを沢山作っています。

ザ・リッツ・カールトン沖縄は、沖縄本島のほぼ中央に位置する名護市にあります。その名護市・喜瀬の高台の美しい自然に囲まれたホテルが、「喜瀬別邸HOTEL&SPA」から「ザ・リッツ・カールトン沖縄」と名前が変わりました。

7つのフロアで構成されるホテル棟の館内は、自由な回遊性を考慮し客室やパブリックスペースをレイアウトしています。

水をたたえた庭やプールの周囲には、ロビーやラウンジ、ライブラリー、そしてテラスを配置しています。

利便性のみならず、これらのスペースを、その時々の気分に合わせて自由に使う事が出来て、ゆるやかな時の流れを満喫出来るように設計しています。

ホテルの基本コンセプトは、全97室で構成されるゲストルームと3つのレストランやバー、ラウンジ、プライバシーを重視したSPAなど、“癒・食・泊”のすべてと心温まるおもてなしを目指しています。

リッツ・カールトンホテルは、日本では大阪が最初です。兵庫県立大学大学院で修士論文を書くためにサービスマーケティングを学んでいた時、リッツ・カールトンホテルの研究をしました。大阪のリッツ・カールトンホテルの社長や支配人にも何度もお会いし、インタビューをしました。

リッツ・カールトンホテルの事例研究では、ザ・リッツ・カールトン大阪の事例研究を取り入れました。リッツ・カールトンの歴史を調査し、リッツ・カールトンの基本戦略を分析しました。

リッツ・カールトンの顧客満足経営の独自性が研究の中心テーマでした。リッツ・カールトンの人事には特徴があります。どのようにして、従業員満足と顧客満足が両立するのか分析しました。そして、まとめとして、企業文化の中核となる創業者の志がある事を示しました。

2012年12月30日(日)

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