あわじ市久留麻神社で春祭り  御輿は軽くてパーが良い

 白河天皇の御代神輿を担いで強訴した時代もありました

 

あわじ市 久留麻神社

 

淡路島の久留麻神社の近くに行ってみると、遠くの方から太鼓の音が聞こえてきました。

太鼓の音を聞くと、血が騒いできます。

子供のころから祭りが好きで、太鼓の音を聞くとウキウキするのです。

奧さんに、あの太鼓の方向に行こうと、音が聞こえる方向に急いで駆け付けました。

伊勢久留麻神社の春祭り

伊勢久留麻神社の境内には、普段見る事のないほどの沢山の人が集まっています。

境内には、本殿の前に、子ども御輿が奉納されていました。

子ども御輿は、中学生・高校生の子ども達が担ぐことができるように、小ぶりの軽量級の御輿です。

神輿は小さいからと言って、貧弱ではありません。

側に寄ってじっくり見てみると、子ども御輿の飾り付けは、大人御輿に負けないほど丁寧な工芸が施されていました。

太鼓の音がしているのは、大人が引っ張っている大きな御輿でした。

以前住んでいた神戸の岡本地区でも、5月になるとだんじりが町中を練り歩いていました。

岡本地区のだんじりには、だんじりの上に男の人が乗り、屋根の上からだんじりを引っ張る人達に元気づけの踊りを踊っていました。

屋根の上に上って、命綱も付けずに、団扇を両手に持って飛び跳ねるのは、とても危険な動作に見えました。

岸和田のだんじりは、もっと活発で、躍動的です。

今日の久留麻神社の神輿には、屋根の上に上がって士気を鼓舞する人はいません。

森地区の神輿は、女性二人が扇子を広げて、呼び込みのような景気づけをしていました。

なんだかバブルの頃のジュリアナで踊る元気な女性達のようです。

淡路島の久留麻地区にしては大変な人混みなので、今日は大勢の警察官の方が、交通整備と安全確保の為に警備をされていました。

奧さんは屋台の明石焼きが目についたのか、明石焼きを食べたいと、屋台で注文していました。

一緒に少しだけ頂いた明石焼きは、普段食べ慣れた明石焼きとはかなり違った焼き方でした。

境内の鳥居の外で練り歩いていた森地区のだんじりは、次第に神社の中に入ってきました。

見ていると相当重たそうな御輿です。

だんじりだと、台があって車輪がついていて、移動するには綱を引くことになりますが、御輿の場合は、台車も車輪もないので、御輿を直接担ぐことになります。

 

神輿を担いで強訴した時代もありました

むかし、白河天皇は『加茂河の水、双六の賽、山法師、是ぞわが心にかなわぬもの』と言われました。

その意味は、山法師が、神仏が宿っている(と考えられていた)神輿を担つで、押しかけてきていました。

神輿のお出ましとなれば、武力で対抗するわけにも行きません。

手出しできないとわかっていて大挙して押しかけ要求を突きつけるのが山法師の戦術だったようです。

いかに天皇でも、意に沿わない要求を、渋々受け入れて、神輿にお引き取り願うしかないというのが実情だったようです。

神輿の威力は、絶大っだ時代の逸話です。

 

御輿は軽くてパーが良い

一転して、現代では、政界でリーダーを担ぐときに言われている言葉として、「御輿は軽くてパーが良い」と言われています。

海部首相が誕生したとき、小沢一郎は、「神輿(みこし)は軽くて、パーがいい」という名言を吐きました。

つまり、担ぐのに考えが重たすぎるような難しい人ではなく、やや考えの軽い人が担ぎやすいという意味のようです。

こうなると、神輿への評価は大きく変わったことが分かります。

 

伊勢久留麻神社

久留麻神社は、正式には伊勢久留麻神社と呼ぶようです。

伊勢久留麻神社の由来を読むと、久留麻神社は遠く伊勢国から勧請されて、淡路島の久留麻に建立されたそうです。

御輿が本殿の前に到着するまで、かなりの時間がかかっています。

その間、担ぎ手は大変な力をかけて御輿を揺すったり、上下に降ろしたり上げたりしています。

かけ声を聞いているだけで元気をもらったような気がしました。

森地区以外の地区にも御輿があるようですが、他の御輿はまだ久留麻神社に到着していません。

見たかった子ども御輿の、御輿担ぎは、見られませんでした。

 

2018年5月5日(土)