ライン川の古城:ライン川の古城は、税関の為に領主達が建築しました。

ライン川下り~リューデスハイムからコブレンツまで~の、古城巡り

ライン川の古城巡りです。

ドイツに来たらどこに行きたいですか?と、Kちゃんに尋ねられ、迷わずライン川クルーズをお願いしました。

私の頭の中には、ドイツと言えば、ローレライです。

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中学校の音楽の先生が、ピアノを弾きながら、ローレライの曲を教えてくれました。

なんだか悲しい恋の物語で、歌の中身と曲の寂しさが一帯となって、いつかドイツに行くときは、ライン川の流れの上で、ローレライの霊を慰めたいと思っていました。

そういう中学生の時からの古い思い出があるので、ライン川のクルージングは今回のドイツ旅行での最大の楽しみになっています。

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さらに思い出すのは、昭和天皇が、1971年(昭和46年)10月11日に、ヨーロッパ訪問の折、ライン川でローレライの伝説に心打たれ、船上がローレライのコーラスになったと言う、テレビでの報道が思い出されます。

「なじかは知らねど 心わびて 昔のつたえはそぞろ身にしむ さびしく暮れゆくラインのながれ いりひ山々あかくはゆる」

ライン川の古城を紹介します。ライン川下りの途中には、古いお城をたくさん見る事ができます。

インターネットや観光ガイドで調べて、分かる限り、お城を紹介していきたいと思います。

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リューデスハイムを出発して、最初の古城は、「エーレンフェルス城」跡です。

1989年にフランス人に爆破されるまで、強固な城として何度も戦争で包囲された城です。

現在は廃墟ですが、なかなか存在感のあるお城です。

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「ラインシュタイン城」です。

10世紀にローマ帝国がライン川を通行する船から、通行税の徴収のために建てた城です。

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次の古城は、「ライヒェンシュタイン城」です。

ライン沿岸の城の中でも最も古いものの1つです。

ここは13世紀に盗賊達の根城になったそうです。

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この城を拠点に、略奪を繰り返した悪党の城ですが、現在はホテルになっているそうです。

次に見えてくる「ゾーンエック城 」も、盗賊の根城です。

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国を統括する皇帝がおらず、盗賊や領主が力をつけていた時代のお城です。

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ニーダハイムバッハ村の付近を通過しています。

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「フェステンブルク城」と呼ばれる下のお城は、略奪や税の徴収のためではなく、関税権の保護の為に建てたお城だそうです。

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現在は廃墟です。

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遠くに小さく見えている城は、「シュタールエック城」です。

バッハラッハという街にあるお城で、とても財政が豊かだった場所のようです。

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現在はホテルとして使われています。

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川の中州に建つこの「プファルツ城」は、現在は博物館になっているお城だそうです。

このお城の周辺に、ローレライがあります。

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古城ホテル「グーテンフェルス城」です。

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「シェーン・ブルク城」と「リープフラウエン教会」です。

お城は12世紀頃建築された城で、現在はホテルです。

このお城は、ローレライに岩に変えられてしまった7人姉妹の伝説の舞台となるお城です。

伝説の概略は、お城に住む7人の美しい娘達は、たくさんの男性達から求婚されていましたが、結婚するつもりはなく、もて遊んでいたそうです。

あるとき、姉妹の一人と付き合ったという一人の騎士が、彼女に振られた無念からライン川に身を投げます。

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あるとき、7人の姉妹がラインの夕日を見ていると、ローレライが姿を現し、「心が石のようなお前たちを、石にしてやる」と、姉妹を石に変えてしまいます。

ローレライは、元々とても美しい女性でしたが、1人の騎士を愛し、その騎士との結ばれない恋の末、ライン川に身を投げたのです。(ブレンターノの詩より)

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ザンクド・ゴアルスハウゼンという街の近くにある岩山、ローレライが見えて来ました。

この大きく突きだした岩山の水面下には、ローレライが岩に変えたという7つの暗礁があり、しかも流れが速いため、多くの船が事故を起こしたそうです。

伝説では、ローレライの岩付近を通る船乗り達に、美しい歌声を聞かせ、船乗り達を誘って水中に引きずり込むと言われ、船乗り達に恐れられていた場所です。(ハイネの詩より)

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ハイネの詩に「漕ぎゆく舟人 歌に憧れ 岩根も見やらず 仰げばやがて 浪間に沈むる 人も舟も 神怪き魔歌 謡うローレライ」と、ローレライに心惑わされて波に飲まれてしまうと歌っています。

現在は、工事が進み、安全に航行できる場所になっています。

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ちなみに、ここは「世界三大がっかり」の1つでもあります。

日本人観光客をがっかりさせる観光名所を指す用語です。

もう1つが、ブリュッセルの小便小僧、3つ目がシンガポールのマーライオンです。

人によっては、コペンハーゲンの人魚姫の像を言う場合もあります。

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ローレライを過ぎて見えてくるのが「ねこ城」です。

この城の建築主が「フォン・カッチェネルポーケン」という貴族で、カッツとはドイツ語でネコを意味し、ねこ城と呼ばれるそうです。

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対岸にあるのは、「ラインフェルス城」で、もっとも大きくもっとも防御力の高いお城でした。

ねこ城の城主の居城です。

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ねこ城のすぐ横に建つことから、「ねずみ城」と呼ばれるお城です。

ねこ城とネズミ城の位置が、まるで猫がねずみに襲いかかるような感じから、ネズミ城と呼ばれるようになったそうです。

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ライン川流域のリューデスハイムからコブレンツまでをロマンティックラインと呼びます。

川辺にこれだけたくさんのお城が建つのは大変珍しいのです。

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お城が建てられた理由は、船からの通行税を取るため領主達が競って城を建てたからです。

お城は税関としての役割を果たしたり、盗賊の根城になったり、戦争で破壊されたりと、どのお城にも長い長い歴史を感じさせました。

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城下を通る商船から、税金を取ると言う発想は、日本にもありました。

しかし、織田信長が、商業を活発にすることこそ、もっと富が集まると考え、関所を撤廃し、楽市楽座の政策をとりました。

やっぱり、考え方としては信長の方がエライのでしょうか?

あんな船こんな船:ライン川は国際河川です。川の半分はドイツを流れ、色々な船が航行しています。あんな船もこんな船も見ました。

あんな船もあります。こんな船に乗りました。

ライン川には多くの船が航行しています。

ライン川は国際河川です。ライン川は、川といっても日本の川の常識とは大きさが全然違います。

全長1233kmになり、約半分をドイツを流れます。

ドナウ川と同じく外国の河川が自由に運行しています。

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上流はスイス、アルプスのトーマ湖からはじまります。

下流の方は川幅がとても広く穏やかなため、このように船が行ったり来たりします。

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コンテナをたくさん乗せた貨物船が川を行く姿は、日本では想像のつかないことです。

国際河川なので、外国の船が行ったり来たりできます。

ドイツ人はこの川を「父なる川(Vater Rhein)」と呼んでいます。

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ドイツのライン川に面した主な都市は、マンハイム、マインツ、コブレンツ、ボン、ケルンです。

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ライン川下りで松葉博雄が乗った船のKD社は「ケルン・デュッセルドルフ汽船」の略です。

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すれ違う船は、観光船が多かったように思います。

川の途中には、町や村ごとに船着場があり、船着場は街に面しています。

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ライン川は、基本的には大型の船が航行できる深さがありますが、ところどころ浅い場所があるため、そこにはブイを浮かべて船の目印にしています。

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大きな客船の手前に、簡易なゴムボートまでいます。

ジェットスキーで遊んでいる人も居ました。

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A ROSA AQUA号はバラの花びらが船体に描かれています。

全長135メートル幅12メートルの長くて大きな船です。

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船会社が、自社専用の桟橋を持っています。

バス停のように、1つ1つ停まって、乗客を乗せたり、乗客を降ろしたりしています。

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こちらは、黒い砂を運んでいる船です。

ライン川の川を、KD社の船は、遡上しています。

川の流れに逆らって、水の抵抗を受けているのですが、川の流れはそれ程強い流れではありません。

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岸辺には、コンクリートで覆った護岸工事がないので、自然に川と陸が解け合っています。

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こちらのLIESVELD-N号は、車も乗っています。

ドイツでライン川を利用して、古くから物資の輸送をしていましたが、振り返って日本はどうだったのでしょうか?

日本にも、たくさんの一級河川があります。

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物資を運んだ河川としては、京都-大阪の淀川の水系があります。

川を使って物資を運ぶのは、大量に運べて便利なのですが、江戸幕府は、幕藩体制維持の為、大きな船を作ることを禁止していました。

軍事用に利用されることを恐れたのです。

そのため、せいぜい三十石船くらいの船で行き来していました。

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RHEINKRONE号は全長40mほどの小型船です。

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船から、両岸を見るのも、美しい景観で、結構ですが、岸辺のお城から、行き来する船を見るのも、きっと美しい景観だと想像します。