阪神淡路大震災から命を守っていただいたご先祖様へ感謝のお墓参り :阪神淡路大震災後126日目~132日目

 そごう神戸店の罹災したビルは、解体され撤去されています。

「1995年5月25日:三宮駅から見た、さんプラザビルとセンタープラザビル」

メニコンの大阪心斎橋に研修に行ったさんプラザコンタクトレンズのスタッフは、今日から神戸市中央区の神戸市庁舎の近くの伊藤町の今西ビルで仕事をすることになります。

最近、近隣のコンタクトレンズの神戸店が大変な激安をやっているので、この問題について大変心を痛めております。

近隣のコンタクトレンズ店による激安販売
近隣のコンタクトレンズ店による激安販売

交通機関が少しずつ回復して、JR、阪神、阪急、神戸電鉄などの車両にコンタクトレンズの安売り広告が目立つようになりました。

阪神淡路大震災の前は、コンタクトレンズの誇大広告は自粛傾向にあり、このような激安広告は見受けられなかったのですが、今は乱世となり、神戸の市場にも全国チェーンのお店の広告がどんどん入り込んできています。

24日(水)はメニコンの本社に連絡をして、阪神淡路大震災でお家が壊れたり、コンタクトレンズが破損して使えない方、コンタクトレンズのケア用品が不足していて困っている方に対して、なんらかの支援をしていただけないかと、提案してみました。

突然起きた震災により、退職者が続いているので、コンタクトレンズの技術を持った人を誰か紹介していただけないかと人事部長に電話で相談してみました。

2月から仮店舗を作り、これまで我社を支持していただいたお客様に対して、ご恩返しをしたいのですが、それには、コンタクトレンズは人的サービスであり、知識・経験も必要なので、知識と経験を持った人がいないと、顧客の期待に応えることができないので、早急な人材の育成を今考えています。

25日(木)です。今日はお墓参りに広島の方に行きました。

神戸を出かけるときに、そごうの前を通りかかりました。倒壊部分がすっかり取り払われ、痛々しい姿をさらけ出していました。

倒壊部分の撤去は少しずつ進み、これから再建するための敷地整理が進んでいます。毎日痛々しいビルの解体現場を見ているうちに、このような異常な風景を見ても、慣れてくるのには驚きます。

三原の日赤病院には叔母が入院しているので、叔母にもお見舞いを言って、元気な姿を見せました。気がつけば、山は少しずつ竹に侵食され、木の実をつける樹木が減少していることに気がつきます。

竹の生命力はとても強く、周りの山々はどんどん竹が生い茂っています。5月の下旬ともなると、若竹が何本も生えて、見た目には青々ときれいなのですが、少し油断をすれば墓地は竹の中に埋もれてしまいそうです。

阪神淡路大震災が大変な犠牲者を出したにも関わらず、お陰様で命を失った人が家族にはいなかったので、ご先祖様にお礼を言うためのお墓参りです。

26日は顧問の会計士の先生が来られました。このたびの阪神淡路大震災による罹災について、発生した被害や減収に関わるいろんな問題について、税務署に相談する問題もあって、神戸税務署に行っていただきました。

震災が起きてから、まず再建のための場所探しから始まり、顧客への呼びかけ、商品・備品の確保、さらにサービスを提供するための人材の確保までやってきましたが、お金に関わる部分も取り組まなければなりません。

経営をするということは、たくさんの分野の問題を一つ一つ取り組んでいかなければなりません。強い再建の意志がなければ、天災だと諦めてしまいたくなるほど、大きな荷物を背負っていますが、しかし、これも天が与えた試練と思って、お客様のために再建に取り組んでいきます。

阪神淡路大震災後126日目~132日目



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