銅谷賢治さん、銅谷美奈子さんのお招きで、息子夫妻とリッキー君、Kanaちゃんと 手打ちそばを頂きました。
銅谷賢治さん、銅谷美奈子さんのお招きで、息子夫妻とリッキー君、Kanaちゃんと 手打ちそばを頂きました。銅谷賢治神経計算ユニット博士の打つ十割そばは、計算通りの美味しい年越しそばになりました。 社長ブログ/沖縄ブログ/恩納村ブログ/恩納村リゾート生活/孫ブログ 第149回沖縄訪問(12)
銅谷賢治さんと銅谷美奈子さんのお招きで、
松葉博雄と奥さん、リッキー君と、リッキー君のお父さん・お母さんと、
kanaちゃんと、片山正喜さんの7人で、銅谷さん宅に着きました。
銅谷さん宅は、オーシャンビューの素晴らしい景色でしたが、
無遠慮なホテルモントレ沖縄が断りもなく、
目の前に立ちはだかり、
すっかり景観を壊してしまいました。
今夜は、銅谷賢治さんが打つ、手打ち蕎麦を頂きます。
待ってる間、テレビでは、2015年の新成人の人数について、
2015年(平成27年)は、
新成人の人数はおよそ126万人になるそうです。
昭和45年に比べると、ほぼ半数です。
新成人が減ることは、日本にとって大きな問題です。
20年前に、一般家庭で、
子供を生みにくくなった状態がゆっくり起きて、
その結果が20年後に人口減少という結果を表しています。
このことは、以前にドラッカー先生が、
『すでに起こった未来』で、指摘しています。
銅谷賢治さん宅では、
銅谷美奈子さんのお母さんが、新潟から来られています。
お嬢さんの銅谷理緒さんは、
北海道大学のワンダーフォーゲル部で、
今は、雪の積もる山登りに参加していて、
お正月は沖縄に帰省しないそうです。
今夜のお料理の中でも、新潟の郷土料理が登場しています。
この芋の唐揚げもそうです。
とっても美味しい新潟の郷土料理をいくつか頂きました。
さて、昨年と同様、銅谷賢治さんの手打ち10割蕎麦の演技が始まります。
そば粉を袋からだし、大きな鉢の中で、
少しずつ差し水をしながら、堅さを指先に感じながら、
そば粉を固めていきます。
このとき、水が多すぎても、少なすぎても、
蕎麦の形が出来ません。
慎重に、慎重に演技は進んでいきます。
一方、奥様の銅谷美奈子さんは、
蕎麦といえば、天麩羅と言われるように、
日本そばに合うようなテンプラ作りを担って、
揚げたてのてんぷらが順次テーブルに登場です。
松葉博雄は、何をしたかと言えば、
銅谷家では大根すりを担当しました。
沢山の大根をすり下ろしたので、
皆さんに大根おろしと、
いくらの組み合わせのお料理を出しました。
リッキー君は、一番前から、とうとう席を離れて、
すぐ側にまで近寄っていき、
じっくりと事の推移を見ています。
まるで、粘土細工で何の形が出るかを、
期待している園児のようです。
時々は、手を出して蕎麦の固まり具合を、
指先で確認しているようです。
形が出来ると、次は、棒をつかって、伸ばしていきます。
何度も何度も、伸ばしていくうちに、
ゆっくりと四角形が出来てきました。
昨年は、手打ち蕎麦を頂くだけでしたが、
それでは申し訳ないと思い、松葉博雄の奥さんは、
今夜の年越し蕎麦に備えて、蕎麦出汁を作ってきました。
四角形の、風呂敷を広げたような蕎麦は、
次に何重かに折りたたまれ、
そば包丁で均等に裁断されていきます。
銅谷賢治さんから、松葉さんやってみませんか?と、
お愛想の様なお誘いを受けたのですが。
昨年やってみて、向いていないと思ったので辞退しました。
銅谷賢治さんは、蕎麦打ち職人ではありません。
研究室では、そばをうつ顔は、違った顔があるのです。
その顔とは、難しい人工頭脳を研究する、研究者の顔です。
さらに、もう一つの顔があります。
別誂の純米大吟醸を、銅谷賢治さんが勧めてくれました。
沖縄科学技術大学院大学の学長から頂いた、
大吟醸だそうです。とっても有り難いお酒なので、
これを呑めば、賢くなるかなぁ?と思いました。
均等に裁断された蕎麦は、熱湯で湯がかれ、
すぐに冷水で冷やされ、ざるに盛られて、
テーブルに登場です。これが、銅谷宅の十割蕎麦です。
向こうのテレビでは、NHKの紅白歌合戦が映し出されていますが、
音は小さく絞られていたので、
誰がどんな曲をうたっているのかは分かりませんでした。
この後、金城家に行き、
もう一度年越し蕎麦を、みっちのーの作ってくれた、
沖縄蕎麦で頂くので、これで銅谷家を失礼します。
大変美味しい日本蕎麦をいただき、
ありがとうございました。
2014年12月31日(水)