沖縄の昔を今に伝える、西表の郷土文化伝承館に着きました。

沖縄の昔を今に伝える、竹富町の町並みを歩きました。西表島ツアー2002年沖縄訪問記(5)

沖縄の昔を今に伝える、ハイビスカス、ブーゲンビリア、ユウナの花を愛で、星の砂の散らばる浜辺を歩きました。

これから西表郷土文化伝承館に行きます。この辺りは、第1回沖縄訪問をした、40年ほど前に、松葉博雄が初めて沖縄本島と石垣島を訪問した当時の面影と雰囲気が残っています。

ハイビスカスの華麗さと、トロピカルな雰囲気に驚きました。あのハイビスカスが、同じ様に、今も西表島に咲いています。

一つ一つのハイビスカスの花に、一つ一つ言葉をかけていきたい気持ちです。ハイビスカスは、戸外で、保護されない野ざらしのままで、美しい花を咲かせ続けています。

西表島の竹富町の、石垣が続く道を歩いていると、あのときの感動が蘇ってきます。

見えてきた西表郷土文化伝承館は、祖納(そない)・竹富町の集落にある木造茅葺きの古民家です。 現在では新盛さんのお家となっています。

この近くにも、ハイビスカスだけでなく、ブーゲンビリアの清楚な花が、あちらこちらに咲いています。

沖縄県内に現存する最古の住宅で、築年数は300年と推定される茅葺の家です。平たく薄いテーブルサンゴを幾重にも積み重ねたグシク(石垣)と防風林のフクギに囲まれた平屋の家は、沖縄の木造建築の古い形式である「貫屋(ヌキヤ)」とよばれる建築様式です。

建材はキャンギ(イヌマキ マキ科の常緑針葉高木)を、萱を乗せるキチ(乗木)はプシキ(ヒルギ)を、それを固定する縄はマーニ(コミノクロツグ)を使用しています。

平成12年に修繕され、現在は西表郷土文化伝承館として活用されています。 (ウィキペディアより)

建物が建っていない、屋敷跡があります。石段を積み重ねた、かなり立派な屋敷跡です。このお屋敷の跡に、石段を登って上がってみます。

一段高くなった屋敷跡の前方には海が広がって見えます。左手には神社があり、この辺りの村の鎮守の杜のようです。

耳を澄ませば、前の浜辺から、ゆっくりとした潮騒の音が聞こえてきます。耳を澄ませて、潮騒の音に聴き入っていると、これまで聞こえなかった竹富町の小鳥たちの声も聞こえてきました。

ここには、都会の喧噪から離れた、静かな竹富町の日常の生活が今日も、昨日と同じ様に続いているのです。

なんという心休まる場所でしょうか。こんな落ち着いた所で、海を見ながら、夕日を見ながら、鳥の声を聞きながら、雨の音を聞きながら、時には月の光を浴びながら、泡盛をコップいっぱいになるまで注いで、それをゆっくりと、一飲み、一飲み、急ぐことなく静かに飲んでみたいものです。

竹富町の時を忘れるような、気持ちを包み込んでくれるような、不思議な時間の中で、沖縄に来た、西表島に来た、実感が湧いてきました。

日差しが照りつけると、1月の日差しでも暑くなるほど強い陽の光りです。

ハイビスカスと見間違うのは、ユウナの花です。ユウナの花も、五弁の花びらで、渦を巻いたような咲き方は同じです。

屋敷跡から浜辺に出てみます。これだけ美しい浜辺が、特に有名な浜辺ではありません。西表島の何処にでもある砂浜です。

浜辺の砂を、手で掬って、手のひらの砂粒を、一つ一つよりわけていくと、小さな貝殻状の星の砂が見つかります。

浜辺の草地には、日陰にも花が咲いています。

浜辺と集落の境界をつくっているのは、トゲがいっぱい伸びているアダンの木です。アダンの木には、パイナップルとよく似たアダンの実がつきます。アダンの実は、熟れると甘いにおいが出て、それをヤシガニやヤドカリが狙って集まって来ます。

2003年1月日()

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