切幡寺は、四国巡礼八十八ヶ所の、第10番目の札所です。

切幡寺は、石段が続きます。切幡寺は、足腰の弱い方は、かなり難しいお詣りのようです。 四国八十八ヶ所巡り (5)

歩いて四国八十八ヶ所巡礼をするのが基本ですが、都合により車でまわっています。

8番札所の熊谷寺から次は、10番札所の切幡寺に向かいます。

カーナビに案内されて、切幡寺への進入口を見ると、車一台が通るのがやっとのような細道です。

途中で、対向車に出会ったら大変と思い、ここは車を置いて、車から降りて、奥さんと二人で歩いて行くことにしました。

切幡寺には、ここから15分という表示をみたので、やや距離があるように感じました。でも、元々のお遍路とは、全て歩いていたのです。

土石流危険渓流 吉野川水系 切幡谷

土石流が発生する恐れがありますので、大雨の時は十分注意して下さい。

の表示が徳島県市場町から出ています。

四国のみち(四国自然歩道)は、歩いて景色の優れている自然公園や、文化財、名勝等を訪ね、自然と文化に接し併せて健康の増進に役立つためにつくられたものです。

四国を一周する全長は約1600kmで、徳島県の延長は約300kmあります。

切幡寺の説明が記載されていました。

開基は弘法大師で、本尊は、熊谷寺と同じく、千手観音です。

由来は、弘仁年間、弘法大師が四国を巡行中、この山麗で、機織りの信心深い乙女から、7日間施しを受け、7日目に大師が布を乞うたところ織っていた布を惜しげもなく切ってさしだしたという故事により切幡寺と称しています。

切幡寺との名前の由来は、この故事によるものと伝えられています。

又、大師はこの乙女の信心深さにうたれて、乙女の願いどおり千手観音の像を刻み、時の天皇、嵯峨天皇に奏請して本堂を建て、この本堂に安置したということです。

その時、乙女の願いにより得度(仏門の入ること)させ灌頂を授けたところ、乙女は千手観世音の姿になったといわれ、大師の刻んだ千手観世音像とともに女即身成仏の乙女が(秘仏)として安置されました。

それで寺号とともに山号を得度山灌頂院と院号を称しています。本堂より一番高い北方の山腹に建つ大塔は、徳川二代将軍秀忠が堺に建立したものを明治6年ここに移転し国指定重要文化財となっています。

と、記載されていました。

これから登る階段は333段です。学生時代の若い頃は、足腰を鍛えるために、石段を駆け足で登ったことがありますが、今では手すりにつかまり、こけても下まで落ちないように注意して上がってきました。

2014年11月27日(木)