黒ごま黒糖ドーナツ「涙そうそう」が、社員研修に行ってきた女子社員からの沖縄土産です。メニコン

牧志の市場で選んだ、サーターアンダギーが、社長の沖縄土産です。社長ブログ/神戸の社長/コンタクトレンズメーカーブログ/メニコン

社員研修のため、沖縄に行ってきました。今回の研修は、全員研修ではありません。そのため、沖縄に研修に行かなかった人に対して、お土産を用意しました。

沖縄らしいお土産で、全員に行き渡るほどの沢山の量のお土産となると、選ぶのに頭を使いました。

あ、これがいい!と思ったのは、那覇の牧志の市場で見つけた、沖縄の伝統的なお菓子、サーターアンダギーです。

サーターアンダギーは、ウィキペディアによると、

「首里方言で「サーター」は砂糖、「アンダーギー」は「アンダ(油)」+「アギー(揚げ)」で「揚げる」、揚げ物を意味する。

その名の通り砂糖を多めに使用した球状の揚げドーナツである。「砂糖天ぷら」(さとうてんぷら)「サーターアンダギー」、「サーターアンラギー」ともいうそうです。

また、「福を呼ぶ揚げ菓子」と、パッケージに印字されていたので、どうして福を呼ぶのか?気になって調べてみたところ、

「低温の油でゆっくり揚げる際に、まず球状に表面が固くなり、そのあと内部の膨張に従って球状の表面が割れる。その形が花が開いたように見えることから、縁起のよい菓子とされ、祝い事の際などに饗応される。

この時には普段のものより大きい、直径12cmから15cmくらいのものが作られることもある。また葬儀や法事などの凶事に用いる場合には、球状ではなく細長い棒状に作られる。」(以上ウィキペディアより引用)

油でじっくり揚げているので、2週間ほど日持ちするため、沖縄では保存食とされてきたお菓子なのだそうです。

トースターで温め直すと、カリカリした食感が復活するそうなので、試してみると良いかと思います。

研修に行ってきた、二人の女子社員からのお土産で、沖縄風黒ごま黒糖ドーナツ「涙そうそう」です。

「涙そうそう」とは。沖縄の言葉で「涙がぽろぽろこぼれ落ちる」という意味です。

涙そうそう、といえば、森山良子作詞、BEGIN作曲、夏川りみが歌ってヒットした同名の歌を思い出します。夏川りみはこの曲で、第55回NHK紅白歌合戦にも出場していました。

沖縄土産に、また、沖縄の人達の食生活に欠かせないのが黒糖ですが、沖縄で黒糖栽培が盛んなのは、なぜでしょうか?

沖縄県黒砂糖協同組合のホームページ「本場の本物」によると、黒糖の本場について、

「沖縄県の伊平屋村島、伊江島、粟国島、多良間島、小浜島、西表島、波照間島、与那国島の8島。

サトウキビ(黒糖の原料)は沖縄全地域で栽培されていますが、黒糖を生産し県外に出荷しているのはこの7島だけなので、これらの島々を本場と称します。

沖縄県の生産量は年間約68万トンで、つねに日本一。

黒糖作りの歴史は、江戸時代初期にさかのぼります。砂糖の原料となるサトウキビはたくさん育っているのに、その作り方を知らないことを嘆いた琉球王府の役人、義間真常(ぎましんじょう)によって、1623年に中国の福建省から製造技術がもたらされました。

高温多湿で年間気温20度以上というサトウキビの生育条件を満たした沖縄では、よりサトウキビを盛んに栽培し、全島のあちこちで製造が行われるようになりました。しかし、現在の沖縄本島では国の政策に影響されたり、より甘いものを作る分蜜糖工場に移行するなどして、かつて数百あった黒糖工場は45年前からなくなっており、黒糖を作っているのはこの小さい島々でのみとなっています。」

メニコンの菊川紀幸さんと、住本琢彦さんも、偶然沖縄に行ってきたそうで、二人からのお土産は、「おもろ」です。紅芋ケーキと、たんかんケーキと、キャロットケーキの3種類が入っています。

おもろとは歌の意で、沖縄方言の「思い」から来た語である。沖縄の古い歌謡であり、14世紀末、中国大陸から三弦の伝来する以前に行なわれた歌曲の中心をなすもの。

もっぱらノロ(巫女)や神職によって歌われたものが一般的に知られたが、王家の儀礼楽として節句などの儀式の時に首里城で歌われたものは「王府のおもろ」と呼ばれて神聖視され、秘密裏に伝承された。

尚真王代から尚豊王代にかけて多くのおもろが首里王府の手によっておもろさうしに収められた。(ウィキペディアより)

メニコンの菊川紀幸さんと、住本琢彦さんには、お返しに、広島から取り寄せた新米5キロを差し上げました。

菊川紀幸さんと、住本琢彦さんと、沖縄でご一緒していたら、せめて食事くらいはご一緒したかったのですが、沖縄に行っていることも知らず、残念なことでした。

2014年11月7日(金)