第31回 神戸ルミナリエ──鎮魂の灯りは、いま何を照らしているのか
第31回ルミナリエ 神戸ルミナリエ─
神戸ルミナリエ──鎮魂の灯りは、いま何を照らしているのか
神戸ルミナリエは、
1995年の阪神・淡路大震災で犠牲になられた方々への鎮魂と、
神戸の街の復興・再生への願いを込めて、
震災発生年の12月に始まりました。
突然奪われた命への祈り、
そして「もう一度この街で生きていく」という決意。
その思いを、光という形で可視化したのがルミナリエでした。
以来、神戸ルミナリエは震災の教訓を語り継ぎ、
神戸の希望を象徴するイベントとして、
毎年開催されてきました。
震災から31年。ルミナリエは変わったのか
震災から31年。
犠牲者の鎮魂のために始まったルミナリエは、
今や「冬の神戸の風物詩」となり、クリスマスと同じように、
・家族で訪れる場所
・恋人たちのデートスポット
・写真を撮ってSNSに投稿するイベント
へと、その表情を大きく変えています。

それは“風化”なのか、それとも“復興の証”なのか
しかし、私は一概にそれを否定する気にはなれません。
震災直後、街には灯りがなく、
人々は未来を思い描く余裕すら失っていました。

だからこそ、忘れてはいけない「始まりの理由」
ただし――
ルミナリエが単なるイルミネーションイベント
になってしまってはならない。
なぜこの灯りが生まれたのか。
なぜ12月の寒空の下で、
光を灯し続けているのか。
それを語り継ぐ役割は、
震災を知る世代、そしてこの街で商いをし、
暮らしてきた私たち大人にあります。
「きれいだね」で終わらせず、
「この光は、祈りから始まったんだよ」と伝えること。
「失われかけた日常を、神戸は確かに取り戻した」

という事実の証明でもあるからです。
「鎮魂の意味が薄れた」「お祭りになってしまった」

そんな声が聞こえるのも、
決して不思議ではありません。
「神戸ルミナリエ」は
今や多くの人々にとって希望の象徴となっています。

鎮魂と祝祭、その両方を抱える光
神戸ルミナリエは、

鎮魂と祝祭、
悲しみと希望、
過去と未来、
そのすべてを抱え込んだまま、今年も灯ります。

光の下を歩きながら、楽しむ人がいていい。
写真を撮り、デートをして、笑い合っていい。

その上で、ほんの一瞬でも、
「あの年、神戸に何があったのか」
に思いを馳せてもらえたなら。
それこそが、31年続いてきた
ルミナリエの“今の意義”なのではないでしょうか。

今年もまた、私はこの灯りを見上げながら、
静かに手を合わせます。
そして同時に、ここまで歩いてきた
神戸という街を、誇りに思うのです。

ルミナリエ 関連記事 アーカイブ .2026.2.5
