無利子・無担保のボランティア金融 借り手の社員から感謝され 【社長経営学】シリーズ 6
投稿No:9588
無利子・無担保のボランティア金融 借り手から感謝され 【社長経営学】シリーズ 6
交通費などの立替え払い
得意先へ行く会社訪問の機会が多い商社では、
得意先訪問時の交通費、タクシー代
手土産代、接待費などの
小口の経費は、担当者が
一時立て替え払いをしていました。
立替金は、総務課に請求し、
土曜日ごとにしめきられ、月曜日に一週間分を
まとめて精算されていました。
この立替金に窮する社員がいました。
若手の家庭持ちの社員は手持ちのお金が少なく、
特に給料日前は、若手社員には清算日までの
ポケットマネーがないのです。
今のようにクレジットカードや
消費者金融がまだなかった時代です。
立替金に窮する社員たちから
私が頼りにされたきっかけは、
ある若手社員に立替金を用立てたことからでした。
言わなくてもいいのに
「松葉君が、お金を貸してくれて助かった」と
他の社員に言ったため、噂を聞いて
私にお金を借りに来る社員が増えてきました。
大抵、
「松葉、すまん!ちょっと、金貸してくれんか、、」
といって寄ってくるのです。
一度お金を融通すると、繰り返して、頼りにされました。
用立てたお金は、
翌週の月曜日には私に返済されれいました。
しかし、次第に借り手は増えて、日常化し、
誰にいくら用立てしたのか
私にもわからなくなってきました。
そこで、私の給料の
半月分程度を常時用意して、
これを原資とする立替金支援資金を設け、
しっかり管理して
お金を用立てることにしました。
スチール製の菓子箱に現金を入れて置き、
記録ノートを用意し、
私がいないときは補助の女子社員に
現金管理をお願いするしくみです。
借り手は、私がいなければ
女子社員に声を掛け、
菓子箱から現金を借り出して、
ノートに名前と金額を記載すれば
立替金の資金ができたのです。
やっていたことは、
のちのサラリーマン金融
(サラ金)のようなことでしたが
サラ金と違うのはボランティアの
無利子・無担保の信用貸しでした。
借り手の社員から喜ばれ、
感謝され、先輩社員からも一目置かれ、
後輩の私に対して協力的な態度を取ってくれました。
これも歴史書から学んだ効用でした。
貸したお金を返さない先輩社員
交通費のような小口現金ではない
やや、まとまった金額を要求されたことがありました。
その訳は、退社時間のころ、
突然、取引先の方が来られて、
先輩社員は、取引先をどこかで
接待しないといけないような状況になったとき、
その接待資金がないので私に頼ってきました。
先輩社員なので、初任給31,000円の時、
接待資金として私の持っていた
2万円を用立てました。
翌週の月曜日に経理課から
接待資金の精算を受けたはずですが
先輩社員は忘れたふりをして、
ごまかそうとするのです。
なかなか、返済の督促をしずらくて、
そのまま、うやむやになってしましました。
得られた教訓は、
まとまった金額の場合は
先輩であっても、友人にでも、お金は貸さない、
さらに、将来の戒めとして
将来、商売するなら手形は受け取らない、
支払いには手形は切らない、
信用貸しはしないで
現金商売を選ぶことでした。
この教訓を生かして、
事業を始めてから、今日まで、
私は一度も約束手形を切っていません。
小口金融はビジネスになると思いました。
しかし、私の甘い性格では
プロのサラ金はできません。
友人で、小口金融で儲けた人
その友人は高校を出てすぐに、
土地開発をするブルドーザーを
販売する会社に就職しました。
その当時、土地開発する工事が
神戸の周辺でも各地で行われれていて
土地開発にブルドーザーを使っていたので、
彼はどのあたりに大規模な団地ができるか
はやく知ることができました。
そして、お金借りて
土地造成で開発された土地をすぐに購入し
転売して、徐々に大きなお金を
蓄積していきました。
彼はそのお金を小口金融に回して
さらにお金を増やしていきました。
彼がブルドーザーの会社を辞めて
神戸でスナック店を始めた挨拶状が来たので
一度商売のやり方について意見交換に、
スナックに行って話を聞きました。
彼から驚くような話を聞かされました。
後に、テレビで見た
「ナニワ金融道」と似たような話です。
お金を借りたい人は、どこから聞いたのか、
相手の方から、夜、こっそり訪ねてくるそうです。
お金を借りる時は、
拝むようにひれ伏して
借金を申し込んでいたのに、
返す番になると、逃げ回る人が何人もいるそうです。
この時、利子と元金をきっちり、
取り立てができるかどうかが
金融業の成功の秘訣になります。
しっかりした担保を取っておくことでした。
彼の話を聞いていると、
寝てる布団まで剥がして帰るほどの
強い回収態度が必要でした。
そんなことは私にはとてもできません。
こんな話を聞いて、土地と金融で儲けている人が
たくさんいることを知りました。