小西一彦教授退官記念感謝祭 その3【閉会編】

小西一彦先生は終始ご機嫌です。小西一彦先生の周りには入れ替わりたくさんの人がご挨拶にこられています。

神戸商大から数えて県立大学までのおよそ30年に渡り、小西一彦ゼミの学部生と大学院で指導をされました。

今回、名簿を整理していくと、およそ300人の学生の方との関わり合いがありました。 きっと多くの人間ドラマがあったことと思います。
ひょっとすると「先生、私、卒業できるでしょうか。」とか、「先生、私、就職がまだ決まらないんですけど。」とか、「先生、私、結婚するんですけど、彼を見ていただけませんか。」のような人間ドラマがあったのではないかと想像しています。
今日の感謝祭には、先生に早くからお願いして、普段あまりお会いすることのない奥様と是非ご一緒にいらしてくださいとお願いしました。

最初、恥ずかしがられていたようですが、実行委員会からのたっての要望が通り、今日は奥様がご一緒に来られました。

お二人に感謝の気持ちを込めて、各代表から記念のプレゼントが順次渡されています。

見ていると、学年別の花束が壇上で先生ご夫妻に渡されていました。

花束はどんどん増えて、これを持って帰るのも大変な数になっています。

先生は、一人一人の顔を見ながら、きっとその当時の思い出を瞬間に思い出し、贈るほうの方も先生の顔を見ながら、「あの時はすいませんでした。無理をきい ていただきまして有難うございました。」とでもいった内容の無言の会話が目と目で交わされているように私には見えました。

社会人大学院生OB、OGからも小西一彦先生ご夫妻に、これまでの感謝の気持ちを込めて記念品を差し上げることになっています。

今回、選んだ記念品はカルチェの万年筆です。これだと先生が文章や、あるいは研究論文を書く時に、きっと利用して頂けるのではないかと思って選びました。実際は今の時代では原稿はパソコンの画面上にワードで作っていくことと思いますが、文章を考える下書きの時に書いてみてください。

次から次へと順番に壇上にあがり、先生に花束や記念品が渡され、少し離れてみていて、小西一彦先生のこれまでの師弟間の感謝の気持ちが一度に花が咲いたような華々しさを感じました。小西一彦先生が心配されていたのは、このような会があることは嬉しいけれど、これが皆さんとの終わりの会になるのではないかというご心配でした。

これは一応の区切りであって、これからは新たな小西一彦ゼミの同門会の始まりですから、今日はその発会式と思って頂ければいいのではないでしょうかと、お話をしました。

たくさんの花束と記念品の贈呈の後で、会場は一瞬静まりかえり、少し緊張した空気になりました。皆さんの談笑は、徐々に収まり、小西一彦先生からの謝辞を聞き漏らさないようにと壇上の小西一彦先生ご夫妻に視線を集中している中で、小西一彦先生から謝辞がありました。

小西一彦先生は「こんなに多くの人から祝福して頂いたのは結婚式の時以来です。」と、まるで30数年ぶりの結婚記念日のようなご挨拶になりました。

緊張がややゆらぎ、これまで抑えていた喜びがどんどん胸の中から出てきたのでしょうか。小西一彦先生のお話はなかなか止まりません。どんどん長くなりました。小西一彦先生の普段の小西一彦節が少しずつ出てきました。

この後、小西一彦先生から応援団を引き継ぐ佐竹先生の登場です。

佐竹先生は、伝統ある応援団を引き継ぐにあたり、これまでの小西一彦先生と応援団との心意気を引き継いで、その任にあたるとの抱負を軽妙におっしゃいました。小西一彦先生の恩師は、日本のマーケティング研究の草分けである森下ニ次也先生です。佐竹先生もマーケティング研究者の立場として、この森下先生 からマーケティング理論を学んだ小西一彦先生から応援団を引き継ぐことは、佐竹先生にとってもとても名誉なことであるというお考えを述べられました。

応援団の席は4つのテーブルに分かれて着席していますが、宴が進むに従い、先輩・後輩が入り乱れ、久しぶりにあう顔と顔が声となり、酒となり、段々と盛り上がってきています。

現役応援団の皆さんが、OBの方に頭を下げて挨拶をしています。
小西一彦先生のこれまでの応援団の顧問に対して感謝の気持ちを込めたエールが送られます。

さすが現役応援団長は声が通ります。ざわめきは静まり、エールの声は部屋の隅々にまで響きわたっています。

今日の予定では、当初大太鼓を持ち込んで普段のように太鼓をドンドン叩いて大きな迫力を演出する予定になっていました。
東天紅からの支配人からも大太鼓の申込は予め合意を得ていました。それでも応援団は近隣への大音響を配慮し、太鼓の使用は差し控えたようでした。

小西一彦先生に向かって、応援団長はお腹の中から搾り出すような張りの有るある大きな声で、小西一彦先生への謝辞を述べ、その後、演舞に移りました。

両手に白い手袋をつけ、歯切れの良い手の舞のような演舞が小西一彦先生に向かって行われました。

いよいよ式次第は全て終わりました。

およそ二時間が既に経過しています。会場は小西一彦先生を慕う皆さんの熱い熱気で盛り上がっています。お酒は進み、話は飛び交い、席順はあってな きがごとき行き交って、それぞれの思い思いの席で談笑とビールの勧めあいが進行していました。実行委員会としてはそろそろこのあたりでという時間がきまし た。

最後の締めくくりは、松葉博雄が実行委員会を代表して謝辞を行います。

これまで社会人大学院生として神戸商大で学び、小西一彦ゼミで多くの議論をし、その後たくさんの飲み会を小西一彦先生の下で行ってきました。

小西一彦先生との温かい人間関係と、師弟関係はこれからも同門会として続けていくことになります。小西一彦先生にこれまでの深いご恩をこめて、松葉博雄の謝辞を述べさせて頂きました。

小西一彦教授退官記念感謝祭 閉会の辞阪本副学長先生をはじめ、先生方、応援団の皆様、MBAの会の皆様、小西一彦ゼミ同門の皆様、そして今日ご来場の全ての皆様 本日はお忙しい中をこの様に多くの皆様方のご臨席を賜りまして、誠にありがとうございました。
実行委員会を代表致しましてこころから礼を申し上げます。小西一彦先生、本当に長い間、私たちにご指導とご鞭撻を賜り、ありがとうございました。感謝祭では多くの方から小西一彦先生に対して感謝のお言葉がありました。

今日のこの感謝祭は、小西一彦ゼミ同門会の上瀬先生、孫先生、平山先生、大寺さん、山本さんそして松葉と、応援団の陸声会会長岡村さんと上野山さんたちで実行委員会を組織し、みなさんが協力し合い、準備を進めてまいりました。

当初、出席者は数十名の予定で準備を進めていましたが、1月から準備を始め、名簿を整理し、だんだんとお便りが届くようになり、多くの方からメール、ハガキ、電話などで是非参加したいというご要望をいただきました。
そして、今日は140名にも及ぶ多くの皆様方のご参加を頂き、盛大な感謝祭となりましたことを、実行委員会として厚く御礼申し上げます。

今回は出席できない方も、次の機会には是非参加したいという多くの要望をいただいています。そこで、これからは小西一彦先生を囲む定期的な交流会へとつないでいきたいと望んでいます。
これまで卒業後、交流が途絶えていた皆様方と小西一彦先生は定期的にお会いすることを心より望んでおられました。

実行委員会の打ち合わせで小西一彦先生からご要望をいただく機会がありました。小西一彦先生からは、これからも皆様方と旧来通り交流が続き、これが終わりの会にならないようにというお気持ちを伺いました。
小西一彦先生のおっしゃる通り、今日のこの感謝祭は、神戸商科大学と兵庫県立大学の足掛け30年に渡るひとつの区切りであっても、決して終わりではありません。これからは定期的な交流会を開催する始まりと、位置づけています。

準備を進めていく中で、改めてゼミと応援団のOB・OGの皆様が小西一彦先生のお人柄を慕う気持ちに触れ、小西一彦先生が生徒のみなさんとどのように接していたかがわかりました。

「知識を教える先生は得やすいが、人生を教える先生は得がたい」といいます。小西一彦先生こそは人生の良き師であると言えます。

私の思い出の中にも、マーケティング研究の議論の中で、
「人は愛される方が良いのか、愛する方が良いのか」という、きわめて人間的な愛のテーマを熱く議論したことを思い出します。
社会人大学院生との交流では、ベンチャー研究会をはじめマーケティング特殊講義をリレー講義の形式で私たち社会人に対して大学院での研究を教育に活かす機会を与えてくださいました。

小西一彦先生はこれからも教育、研究、社会貢献のご活動に邁進していかれるとのお考えを伺っています。
どうか、これからもこれまでの経験を活かし、時代のニーズに応えて、私たちに暖かいご指導とご鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます。

小西一彦先生から今日のご臨席の皆様方に東天紅の月餅と小西一彦家ゆかりのカレンダー付時計をお土産にご用意していただいています。小西一彦家は祖先代々老舗の時計商ですので、これにちなんで時計を皆様方に今日の感謝のお礼に差し上げたいと選ばれました。

本日は誠にありがとうございました。

2005年5月21日
小西一彦ゼミ、応援団共催 小西一彦教授退官記念感謝祭
実行委員会代表 松葉博雄