三好市の祖谷渓には、平家落人伝説があります。

三好の平家の伝説では、安徳天皇は、関門海峡の壇ノ浦の戦いで崩御されたのではなく、祖谷の地で崩御されたそうです。 徳島(6)

祖谷渓温泉ホテル秘境の湯を、早めにチェックアウトして目指すのは、剣山です。

32号線を、池田、大歩危方面へ進んでいます。右に行くと、東祖谷です。

酒・米・食品 かずら橋酒販店の脇を過ぎます。道は大分狭くなってきます。

祖谷は、平家の落人伝説がある地区です。ウィキペディア「平家の落人」によると、

「徳島県三好市東祖谷阿佐:屋島の戦いに敗れた平国盛率いる30名の残党が、讃岐山脈を経て、阿波へと入り、現在の徳島県東みよし町から三好市井川地区にかけての一帯に住んだが、

追手に脅かされ、祖谷に住んだと伝わる。阿佐集落に、平家の末裔と言われる阿佐氏が居住し、平家屋敷や、平家のものと伝えられる赤旗(軍旗)が数百年前から現存する。」

「この東祖谷阿佐の平家落人伝説は、遺物が残っていることから学界の注目を集めており、松永伍一や角田文衛が論考を発表している。

角田によれば、平家の赤旗は古過ぎて年代比定が出来ず、少なくとも平国盛が屋島の戦い以降消息不明であり、九条兼実『玉葉』では逃亡したと記されていることから、他の平家落人伝承より注目度が高いとしている。」

「徳島県三好市東祖谷栗枝渡:安徳天皇が逃れて隠れ住み、同地で崩御したという。

栗枝渡八幡神社には、安徳天皇を火葬した「安徳天皇御火葬場」があり、遺骨を御神体として祀っている(『美馬郡誌』)。」

「高知県〜愛媛県〜徳島県の山地一帯:高知県の越知町(おち = 落ち?)にある横倉山に安徳天皇陵墓参考地がある。

またその周辺に県境とは無関係に屋島からたどり着いた平家の人たちが分散して隠棲したとの言い伝えがある。」

「横倉山の前を流れる川を仁淀川と名付けたほか、京都ゆかりの地名が多く存在する。当時京の北の守りであった藤社神社から北の集落を藤社と呼んだりした。

歴代皇族とそっくり同じつくりの立派な陵が、非常に険しい山中にひっそりと建立される姿は尋常では説明が付かないものの、安徳天皇の墓であるという確証はない。」

「ただし周辺に点在する平家一門の隠れ里では明治に入るまで墓石がなく、石に名前を書いて並べ置く風習があったが、

これは戦時の伊勢平氏一門の風習と合致するうえ香川県の屋島→徳島県の東祖谷→と逃れた平家一門が最後に住み着いた場所である可能性は高い。」

右は、国道32号線、小島、東祖谷、剣山方面です。奥祖谷二重かずら橋や、奥祖谷観光周遊モノレールもあります。

「愛媛県にある平家追討軍が引き返したという地にはひっそりと「平家終焉の地」の碑があるがそのすぐ南には仁淀川が流れ平家の隠れ里がある。

村おこしや明治以降の尊王思想でできた派手な周辺施設の多くは後の創作物と思われ本物の末裔は余りの不便さでほとんどは都会でひっそり暮らしている。」

(以上、wikipediaより抜粋)

阿佐家住宅「平家屋敷」まで3.5キロ、剣山まで28キロ、奥祖谷二重かずら橋まで21キロ、いやしの温泉郷まで15キロ、奥祖谷観光周遊モノレールまで15キロです。

平家の隠れ里については、面白い特徴がありました。(以下 ウィキペディア「平家の落人」より抜粋)

「平家の落人は大抵、山の奥深くや離れ島や孤島などに存在している。そのため、平家は人口が少ないところや山間部や谷間など人がよりがたい所に里を築く。

食器や生活用品を洗ったりする時に川に誤って流してしまったり山中に落としてしまったりで外部の人間にきづかれたりすることがある。」

「ただし、気づくのはごく少数であり、平家の落人の隠れ里にいけるのも少数である。

こういった場合、再度隠れ里に行くことができなかったり川上から漆塗りの器が流れてきたりすることから隠れ里自体を妖怪化して考えることがある。このため、平家の隠れ里が『隠れ里』として神秘的な存在にとられることも多い。」

と、このように、妖怪の里についての説明がありました。

手づくり燻製2.5キロ、古式そば打ち体験塾があるようです。

この辺りの、東祖谷山村の案内看板にも、このそば道場のことが載っていたので、そば打ちの「つづき商店」は、この辺りでは有名なのかな?と思っていたら、ホームページがありました。

こんな山奥にあるのがとても意外な、大分本格的なそば道場です。

1名2500円で、そば粉を石臼でひくところから始まり、とうふ、じゃがいも、きゃらぶき、天ぷら(しその実、うどの花など)ベニ花、ボロギクのお浸し、田舎おにぎり、季節のくだものなど、地のものを使った料理が付いています。

松葉博雄の目を奪うのは、渓谷と渓谷の間に橋が架かり、橋の上から見ると、2つの川が合流する、自然の川の流れの面白さです。

もし、翼があって飛べるものなら、この鉄橋の上から翼を羽ばたかせて、この渓流の流れに遡り、もっと山奥へ、山奥へと、鳥の目のように、自然を追いかけてみたいと、夢のように想いました。

2014年8月27日水)



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です