古都首里の石畳道 首里金城町石畳道は日本の道100選に選ばれた道です。首里城下のアカギの樹
首里城下町金城石畳 日本の道100選に選ばれた道です。日本の道に選ばれるのは、104の道です。第134回沖縄訪問(6)
古都首里の石畳道 日本の道100選に選ばれた道です。
日本の道です。
国土交通省と道の日実行委員会に制定された日本の道で、
日本の特色ある優れた道路が選ばれます。
那覇市金城町にある
「首里金城町石畳道(しゅりきんじょうちょういしだたみみち)」は
道幅約4m全長約300mあり、
琉球石灰岩が敷かれた石畳道で首里城から続いています。
造られたのは1522年頃と推定されていて、
沖縄戦の戦火を奇跡的にまぬがれ、
石畳道の両側には屋敷囲いの石垣も残されています。
また、NHKの朝ドラ「ちゅらさん」の撮影地になっていたそうです。
歩きやすいように整備されていますが、
雨の日は滑りやすいので注意が必要です。
あやーで沖縄蕎麦を食べて首里城の方へ行きます。
普通のお城巡りではあまりにも観光客なので、
もう少しストーリーのある散策にしたいなぁと片山正喜さんと相談し、
それなら日本の道の古い道、石畳の道を探して歩こうよと相談が決まりました。
片山正喜さんの愛犬リー君も一緒です。
まずは石畳の道の方を歩いてみることにします。
興善寺禅堂のこの角を曲がると、昔の石畳が残っています。
ここに日本の道があります。
ここは日本の道100選に選ばれている古い道です。
ここも空襲にあったんだと思いますが、石なので焼けてはいません。
細い道が続いています。
ガジュマルの根が石垣に絡みついているところがありました。
首里の街は至る所が坂だらけで、
雨が降った後だと滑って危ないなと思います。
足腰が弱いと危険です。
一般の民家も崖っぷちに建っています。
時代を返して、琉球の時代ならこの辺りは首里の城下町です。
きっと、上級のサムレーが住んでいた当時の高級住宅街です。
途中に「石畳茶屋 真珠」という喫茶店がありました。
中々いい店で、テラスからは向こうの方に那覇の街が見えます。
きっと中国からの冊封使も、首里の高台から東シナ海を眺めて、沖縄も広いなぁと思っていたと思います。
古い道は、坂が続き、坂があれば壁があり、
壁にはガジュマルの木の根が張り付いています。
中々落ち着いたいい感じです。
大和で言えば城下町の武家屋敷です。
王朝時代は中国から入ってくる船は泊港に到着し、
泊港からこの首里の街まで道が1本線で続いていたようです。
なかなかいい道です。
琉球は、一方で大和の薩摩藩の支配を受け、
他方では中国の冊封を受けて、
2つの支配のバランスをいつも気にして、
どちらの船が泊港に来ても愛想良くもてなす苦しい立場でした。
与並岳生の「南獄記」では、この辺りの苦しい政治判断を描いています。
見方を変えて、坂道が続く丘と考えてみれば、
神戸の街にもよく似ています。
神戸の北野町の異人館通りは、港が見える高台にあり、
急な斜面やなだらかな斜面を登り詰めて異人館が建っていました。
日本の道に選ばれたこの石畳の道はすべて坂です。
平地の部分はなく石段でした。
ずっと下っていくと売り物件の土地がありました。
見晴らしもよく広い敷地です。
次にもう一歩進んで行くと、
金城村と書いて「かなぐすくむら」です。
この辺りは沖縄のサムレーの子孫たちの学校があったようです。
県指定の名勝の石垣がずっと残っています。
沖縄で見事な石垣の積み方は、あちらこちらで見て来ました。
隙間なくキレイに積み上げた石垣を築いているのは、地方の豪族や豪商です。
例えば、伊是名島の石垣は、
浜比嘉島の豪商吉本家の石垣などが思い浮かびます。
日本の道を彩るのは、民家に植えられた花です。
変わったハイビスカスで八重咲きのように咲いていました。
地籍調査をやったのか、あちらこちらに境界線の鋲が打たれています。
空気が違います。首里金城町の大アカギの周辺は空気が違います。第134回沖縄訪問(7)
空気が違います。
首里金城町の樹齢340年の大アカギの周辺は空気が違います。
城下町の坂道は歴史を感じます。
車も入ってこない、人が中心の道です。
かつて沖縄の首都であった首里のこの坂道は、
中国から船で渡ってきた人や、薩摩藩の役人達がこの道を登って
首里城に向かった道です。
もし、空襲がなければ、この石畳の道も、
周囲の家屋敷に続く歴史的景観になったことと思います。
現在住んでいる人たちも素敵な家を建てています。
石垣に囲まれた道は、空気が違います。
メイン道路から、少し脇道に入って行きます。
切り立った崖をコンクリートで補強した、刑務所の壁のような高さです。
鉄筋コンクリートの住宅の玄関に、
琉球王朝の身分の高いサムレーの玄関かとまがうばかりの屋根付きの玄関がありました。
家の周りをブロックで囲む家もあれば、
生け垣で囲むお家もあります。
生け垣には花が咲いていて、この花は、カヅラの花のようです。
細い道に道なりに沿って歩いて行くと、空気が違う、
異様な霊気の漂うところがありました。
沖縄には方々に御嶽があります。今進んでいる小道の奥に、御嶽を見つけました。
やはりここは、精霊の宿る特別な地域のようです。空気が違います。
アカギの木です。樹齢340年だそうで、
ここから霊気が出ているのです。
根っこの所に祠のようになった空洞があり、向こうまで見えています。
祠には神様を祀っていました。
昔の人も霊気を感じ、これはだだ事ではないと時の王府に願い出て、
神様を祀ったのだそうです。
さらに、この大きなアカギの木には言い伝えがあるようです。
この祠に、旧6月15日に神様がやってきて、
願い事を1つ聞き入れてくれるのだそうです。
少し離れてみても、とても神秘的で
強い霊気の漂うスピリチュアルスポットです。
アカギの大きさは、
その横に立っている片山正喜さんと比較してみると分かります。
片山正喜さんがリーと並んで写真を撮って欲しいと言うので、写真を撮りました。
木の大きさが分かるでしょうか?
太平洋戦争で那覇が空爆や艦砲射撃を受ける前には、
首里城の周りにはアカギの木の森が方々にあったそうです。
市街地を焼き尽くした爆撃の中で、
よく生き残ったものだとアカギの木の生命の強さを感じました。
2011年12月29日(木)