沖永良部島にいってみると、島を“自分たちの足”で回る旅 日本一のガジュマロの木

投稿No:10508

沖永良部島にいってみると、島を“自分たちの足”で回る旅  【沖永良部島 2日目】シニキニャ浜、日本一ガジュマル、田皆灯台、ソテツ、釣り

 

【沖永良部島 2日目】島を“自分たちの足”で回る旅

――再会の島、釣りの港、そして西郷隆盛の記憶

沖永良部島2日目。

前日に主な観光名所は

一通り巡ったため、この日は

「まだ見ていない場所を、自分たちで探して回る」一日にしました。

今回、沖永良部島を訪れた目的の一つは、

沖縄で親しくしていた片山さんと再会することでした。

ところが片山さんは、

沖永良部百貨店のバザーの手伝いがあるので

「今日は皆さん4人で、自由に島を回ってください」

と予想外の提案がありました。

そんな訳で、同行はされませんでした。

少し意外ではありましたが、

結果的にそれが、この日の旅を

より“沖永良部島らしい時間”にしてくれたように思います。


西郷隆盛が流された島 ―― 歴史が残るシニキニャ浜、

沖永良部島で語られる歴史といえば、

やはり西郷隆盛が流刑された島であることです。

実際に西郷隆盛が上陸した場所と、

NHK大河ドラマのロケ地は異なります。

史実の地点も重要ですが、

今回訪れた大河ドラマの撮影地となった浜辺は、

当時の雰囲気が色濃く残る場所でした。

強い日差し、遠くまで続く海、

逃げ場のないような広さの中で、

西郷は何を思い、何を考えたのか。

島の歴史は、

現地に立って初めて、実感をもって迫ってきます。


日本一のガジュマルが見守る小学校

次に向かったのは、

日本一の大きさとも言われるガジュマルの木がある小学校。

1898年の第1回卒業生が植えたきです。

今では、樹齢127年にもなっています。

校庭の中央で、大きく枝を広げるその姿は、

まるで学校全体を包み込むかのようでした。

この木の下で、

何世代もの子どもたちが遊び、

学び、成長してきたのでしょう。

観光地ではありませんが、

島の日常と歴史が静かに積み重なった場所でした。

ソテツジャングル

ソテツジャングルはソテツの群生地で、

県道620号線沿いの入口からワンジョビーチの

そばまで一本道で通り抜けする

ことができる約600mの遊歩道です。

たくさんのソテツが生えていました。

ここにあるソテツのほとんどは

自生していたものですが、

食糧難の時代にソテツの実を

食用として活用していた歴史があるため、

人々の手により植えられたものも交じっています。

遊歩道の終わりまでは行かず

途中まで散策し、

十分にソテツを満喫して

ソテツジャングルを後にしました。

田皆灯台

島の北西端にある美しい岬で

サンゴ礁が隆起した高さ51mの断崖絶壁です。

その突端に田皆灯台があります。

沖永良部島は、その島の形状から

マドロスパイプに例えられることがあり、

この灯台は、ちょうどパイプの煙が出るところに

あたるようです。

もともとこの岬自体ヤゴニヤキ岬というらしく

地元の方は、ヤゴニヤキ灯台と呼ぶ方も

多いそうです。

漢字で書くと「矢護仁屋埼灯台」

海を見下ろすと運が良ければ

ウミガメが水面から顔を上げる姿や

1~3月にはザトウクジラが回遊するので

確認できるかもしれません。

この日は残念ながら景色を眺めるだけでした。

しかし、断崖絶壁とどこまでも広がる海の景色は、

それだけで十分に心を満たしてくれました。

 

港の突堤で、思いがけない“沖永良部の時間”

金城正則さんは、釣りが大好きです。

そこで、島を回る途中、

港の突堤に車を止め、

しばらく釣りをすることにしました。

観光でもなく、予定にもなかった時間。

しかし、この何気ないひとときこそ、

旅の中で最も印象に残ることがあります。

すると――

かなり大きな熱帯魚の黒萩(クロハギ)がヒット。

沖永良部島の海の豊かさを、

言葉ではなく、手応えとして感じる瞬間でした。

 


同行者がいないからこそ、見えた島

片山さんが同行されなかったことで、

私たちは地図と相談しながら、

自分たちで考え、自分たちのペースで島を巡りました。

結果的にそれは、

「案内された旅」ではなく、

「島と直接向き合う旅」になったように思います。

沖永良部島は、

有名な観光地よりも、

こうした何気ない場所にこそ、

本当の魅力がある島でした。


旅は、予定通りに進まない方が面白い

再会を目的に訪れた島で、

一緒に回らなかったからこそ生まれた時間。

歴史の浜辺、

大きなガジュマル、

港の突堤で釣り上げた、西郷さんの上陸地点。。

どれも、

予定表には載っていなかった沖永良部島です。

だからこそ、

この2日目は、強く記憶に残る一日となりました。

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                             2026.1.12

 

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