私のブッタ 釈迦誕生像は黄金色に輝いています お釈迦様の誕生日 4月8日は花祭り
投稿No:9521
私のブッタ誕生像は黄金色に輝いています。ブッタは誕生したとき、天上空下唯我独尊 と述べられたと伝えられています。
私のブッタ誕生像は金色に輝いています。
私が、ブッタ(お釈迦様)に傾倒したきっかけは
インドへ巡礼に行ってからです。
仏教を理解するには、仏教の教祖である
ブッタの言葉を学ぶと分かり易くなりました。
4月8日はお釈迦様(ブッタ)のお誕生日 花まつり
4月8日は、ブッタのお誕生日で花祭りの日です。
私の理解では仏教というのは、
ブッタ(仏陀)の教えのことです。
お釈迦さまは、今から約2500年ほど前に実在した方です。
ゴータマ・シッダールタが本名です。
ブッダ(Buddaha)とは
「目覚める」という動詞の過去分詞形で、
広く「目覚めた人」「悟った人」を意味します。
広い意味では、悟った人
すべてを意味する一般名詞です。
この仏陀が省略されて「仏」となり、
日本語では「ほとけ」と読まれるようになりました。
ブッタの誕生
ブッダは、シャカ族の王である
シュッド-ダナと王女であるマーヤ夫人の間に、
シャカ族の王子として、
4月8日にルンビニーという所で
お生まれになりました。(降誕)
そこで、4月8日は「花祭り」となり、
仏教ではブッダのお誕生日のお祝いをします。
キリスト教であれば、クリスマスのようなものです。
私のブッタに、お詣りしてきました。
私のブッタにお参りしてきました。
私のブッタに、私は語り掛けます。
人は、幸福を望み、幸せを願っています。
幸せとは、なにかを説いてください。
私のブッタは、
「スッタニパータ」の中で、
私に説いてくれました。
こよなき幸せとは スッタニパータより
こよなき幸せ259
諸々の愚者に親しまないで、
諸々の賢者に親しみ、
尊敬すべき人々を尊敬すること-
これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 260
適当な場所に住み、予め功徳を積んでいて、
自らは正しい誓願を起こしていること
-これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 261
博学と、技術と、訓練をよく学び受けて、弁舌巧みなこと
-これがこよなき幸せである。
仕事に秩序あり混乱せぬこと、
こよなき幸せである。
こよなき幸せ 262
父母につかえること、
妻子を愛し護ること、-
これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 263
施与と、理法にかなった行いと、
親族を愛し護ることと、
非難を受けない行為、-
これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 264
悪を厭い離れ、飲酒を制し、
徳行をゆるがせにしないこと、
(適当な)時に教えを聞くこと、
-これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 265
:尊敬と謙遜と満足と感謝と、-
これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 266
耐え忍ぶこと、温良なこと、
諸々の<道の人>に会うこと、
時々理法についての論議をすること、
安らぎを証すること、
-これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 267
修養と清らかな行いと聖なる真理を見ること、-
これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 268
世俗の事柄に触れても、
その人の心が動揺せず、
憂いなく、汚れなく、
安穏であること、-
これがこよなき幸せである。
こよなき幸せ 269
これらのことを行うならば、
いかなることに関しても敗れることがない。
あらゆることについて幸福に達する。-
これが彼らにとってこよなき幸せである。
以上の259から269までの偈(ゲ)は、
「ブッダのことば」に著されています。
仏陀(ブッタ)最後の言葉は、
『もろもろの事象は、過ぎ去るものである。
怠けることなく修行を完成なさい』でした。