津堅島 島を壊さないで 中城湾港アギ浜地区では自然の岩を壊して、漁港を作っています。津堅島訪問記(4)
津堅島 島を壊さないで、美しい自然を子孫に残す考えがあればいいなあと思います。自然を一度壊すと、もう再生はできません。 第146回沖縄訪問(17)
津堅島 島を壊さないで
気の向くままのサイクリングなので、どこに行きたいという目的地はありません。
農道を走っていると、突然行く手をふさぐ、ショベルカーがありました。
その先は、ゴミ焼却場のようです。
しかも、露天でのゴミ焼却です。
都会地なら、絶対に許されない露天での焼却です。
津堅島の人と出会う場所がありました。
ちょうど津堅島のにんじん、津堅島のキャロットを収穫している農家の人達でした。
とても忙しそうに働いていて、松葉博雄が声を掛けても、返事もないほどでした。
次の避難場所の案内図は、海抜4mの中城湾港アギ浜地区です。
道路から、浜辺に続く道を見つけました。
この細い道を通って、自転車を押しながら、浜辺に向かいます。
この時期、潮は大きく引きます。
目の前の岩場は、普段なら海の水に浸かって、岩肌は見えない場所です。
それが、今は相当先まで潮が引いて、岩場を濡れないで歩けます。
片山正喜さんは、足が水に浸かるほど、遠くに歩いて行っています。
松葉博雄は、靴を履いているので、海の水に浸かると困るので、岩場で何かを探しています。
すると蟹が行く手にはだかっていました。
左手が右手より大きい蟹です。
蟹を捕獲して、どんな蟹か調べて見ることにします。
帽子を使って、遠くから蟹に向かって、蟹が被さるように、帽子を投げると、上手く蟹に被さりました。
蟹も、きっとびっくりしたと思いますが、蟹を傷つけないように、そうっと帽子を開けて、蟹を捕獲して写真を撮ると、また、元のように蟹を逃がしてあげました。
途中、浜辺を削って、岩礁を削って、港を作っているところがありました。荒っぽいことをする港です。
自然を壊して、港を作っています。これでいいのかなと思ってしまいます。
わずか数隻の船のために、この珊瑚礁を壊してしまっています。
離島振興の名の下に、どんどんお金が投げ込まれて、壊さなくてもいい自然を壊してしまっているのは、胸の痛むことです。
ゆっくり回ったつもりですが、2時間もすると、島の一周は終わります。元来た場所に戻りました。
少し時間があるので、もう一度、別の方向から津堅島を回ってみます。更にぐるぐる回っていると、小学校がありました。
津堅島小中学校です。小学校と、中学校が一緒の学校です。
この近くに、一年中かれない、「ホートゥガー」という水くみ場があるそうなので、階段を降りて行って見てみます。
昔、津堅島が日照り続きの時、鳩がこの場所で、いつも羽根を濡らしていたのを島の人が見つけ、その場所を掘ってみると、水が湧き出たという話があるそうです。
自転車がやっと通れるほどの細道が、向こうの方に続いています。
片山正喜さんに、この先も行ってみるかどうか尋ねてみると、もう時間も迫っているので、ホートゥガーを見るだけにします。
階段の上から見える景色は、とてもきれいです。
こんな景色、どこかで体験したことがあります。
思い出しました。伊是名島の屋蔵大主のお墓の有る場所です。
御神体がまつられています。
子孫繁栄の神として崇められているそうです。
HOTOGA 1949.12.8 改竣と書かれています。
小さな水溜まりがありました。
これが昔なら、小さな命を繋ぐ、湧き水です。
崖の階段から、少しずつ西に傾いていく太陽を見ています。
日が沈むまで見ていたいのですが、帰りの船便は17時50分なので、そうもしておられません。
津堅島は、荒々しい岩場もあれば、子供達が泳げる綺麗な砂浜もあります。
小さな島でも、丹念に回ってみれば、津堅島100景ができそうです。
津堅島の海に近い、畑には利用できないような、やや丘陵地にお墓の集まっている場所がありました。
お墓の作りは大きく、津堅島を開拓していった人達のお墓かもしれません。
かくして、津堅島一周のサイクリングは終わりました。
およそ3時間かけて、津堅島を一周しました。前に来たときよりも更に、津堅島に詳しくなりました。
2014年4月19日(土)