アルコンアメリカ本社から、阪神淡路大震災の時、ケア用品の支援を受けた話をしました。

アルコンの樋口章さん、延岡義満さんが来られました。奥山貴也さん、宇佐美輝さん、津神晶子さん、小竹慎一郎さん、内山賛平社長、伊藤益男さん、冨山芳明さん、椎塚民男さん、佐野吉孝さん 社長ブログ神戸/コンタクトレンズメーカー/取引先/CIBA/アルコン

アルコンの樋口章さんが、西日本エリアマネージャーとして、延岡義満さんと一緒にご挨拶に来られました。

樋口章さんは、旧CIBA(チバビジョン)に入社し、職務経歴は13年になるそうです。

それなら知っている方も多いはずです。

名前を挙げてもらえば、奥山貴也さん、宇佐美輝さん、津神晶子さん、小竹慎一郎さん、内山賛平社長、伊藤益男さん、冨山芳明さん、椎塚民男さん、佐野吉孝さんなど馴染みの名前が出てきました。

我が社が初めての方には、アルコンだけでなく、チバを含めた我が社との歴史を簡単に話しました。

特に大きな出来事は1995年1月17日の阪神淡路大震災と、その復興支援に関わる話です。

アルコン社は、松葉博雄の要請に応えて、アメリカからケア用品を約一千万円分くらい送ってくれました。

それを震災でケア用品を失った人や、ケア用品を求めている我が社の顧客の皆さんに無償で配布した思い出を話しました。

震災直後は今のようにインターネットもなく、携帯電話もなく、電話は不通で、

お客様に連絡する方法は顧客名簿を頼りにハガキをお送りすることくらいしか方法はありませんでした。

樋口章さんは、阪神淡路大震災の当時は、神戸の街で大学生だったそうです。

特に岡本地区については身近な地域で、松葉博雄も当時岡本地区に住んでいたので話が弾みます。

アルコンの社員にとってみると、20年前の昔の話であっても、阪神淡路大震災で被災した多くのコンタクトレンズユーザーに対してケア用品を提供出来たことは、とても誇らしいことです。

コンタクトレンズ業界でも、45年以上も続けてコンタクトレンズの小売販売に携わっている業界人も少ないので、若い人、後継者の人達に、このような企業文化を伝える事も、語り部のような役割になり、大切な事です。

樋口章さんと延岡義満さんは、アルコンが20年前に行った、さんプラザコンタクトレンズに対する復興支援の話を初めて聞いて考え深そうでした。

震災の話が復興に至るまでのメーカーの皆さんの支援の話に広がり、すこし時間が長くなりました。

この話の続きは、松葉博雄の社長研究室の阪神淡路大震災復興物語を読んで下さいと、お願いしました。

2015年9月16日(水)