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6月7日(水)また、社員の人から退職の願いがありました。「ちょっとお話が」と言われるとドキッとし、また、例の退職の話かなとすぐにピンときます。辞めるには辞める理由があり、それを押しとどめることは難しいことは分かっています。
今の震災復興期には、これまで経験のしたことのない程のたくさんの障害があります。
女性の場合は通勤時間が交通事情の悪化のため遅くなり、お家の家族の方からすれば、少し復興が落ち着くまで三宮へ行くのは見合わせたらどうかというご意見があるようです。
1月17日から今日までよく復興に尽くしていただいたので、これ以上は無理も言えず分かりましたと言い、退職日はいつにしますかと聞くのが精一杯でした。
今日は私と奥さんの輝く結婚記念日です。明日が休みなので、今日は2人で湯郷温泉に行って蛍見物をすることにしました。
中国自動車道路を西宮北口から入り、美作インターまで車で走ります。ついた頃にちょうど初夏の夕闇が、すっかり暗い時刻になり、目を付けていた蛍が毎年乱舞する秘密の場所へ行きました。
この秘密の蛍の舞う場所は、細い小川が流れる竹薮です。この竹の枝に蛍がびっしりと止まって、蛍の光がまるでクリスマスツリーのように輝いて、幻想的な世界にみるものを誘ってくれます。これがプレゼントに一番いいのではないかと思いました。
なかなかロマンチックな演出をしているつもりですが、残念なことに、まだ蛍が出るには時期が早くて、せっかく演出しようとした結婚記念日のプレゼントは見ることができませんでした。
蛍の乱舞と合わせて、奥さんへのプレゼントにはバッグをプレゼントしました。
8日(木)です。美作町の近くにある作東町のペイネの美術館を見学に行きました。ペイネはフランスのセントバレンタイン市の名誉市民であり、ペイネの描く人間愛に満ちた平和な世界を男女の愛に代えて描いています。
作東町のペイネ美術館からの帰りは、高速道路を避けて地道を通って美作の高野山と言われる法輪寺、別名紫陽花寺にお参りをしました。法輪寺ではちょうど和尚さんがいらっしゃったので、神戸の震災のお話をしました。

そうすると、和尚さんは神戸の震災のときの話に大変興味を抱き、もっと、もっと、松葉博雄の震災復興物語を聞きたいようでしたが、時間が気になり途中で終わりました。
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今夜も湯郷泊まりなので、昨夜とは別の場所に蛍を見つけに行きました。
今夜は、少し場所が違ったせいで嬉しいことに闇夜に蛍がホワーン、ホワーンと風に舞う蝶のように蛍の光を見ることが出来ました。
蛍の光は鎮魂の灯りのようで、暗い中でふんわりと人魂が飛んでいる様にも思いました。
震災の時に亡くなった方の霊を思い出します。
9日(金)の朝、湯郷から直接車で会社に出社しました。
ライバル企業が、今日、神戸新聞の一面を全部使う、全面広告を出しています。とっても目立つ広告なので、また、競争激化を感じます。今は震災の為にこれまでの有力なコンタクトレンズ販売所が倒れているので、ライバル企業から見れば、市場のシェアを奪うチャンスでもあります。
それは当然のことなのですが、震災でこれまでの秩序が大きく変わっていくことをひしひしと感じる新聞広告でした。
10日(土)は息子が寮から帰ってきました。息子はよくこの震災の復興に協力してくれています。親の教育として、この先あってはならないけれど、もう一度経験することが出来ない天災に、何を、どのようにするべきかを実地に教える機会でもあります。
11日(日)は兵庫県の県会議員と神戸市の市会議員のダブル選挙の投票日となりました。