恩納村前兼久のバス旅行では、瀬長島、糸満市の平和記念公園、喜屋武岬、糸満観光農園のワイン工場を巡っています 第102回沖縄訪問(4)

恩納村前兼久のバス旅行では、瀬長島、糸満市の平和記念公園、喜屋武岬、糸満観光農園のワイン工場を巡っています。
【恩納村前兼久から南へは豊見城市・糸満市・南城市、北へは与論島を駆け回りました その4】

飛行場の近くの瀬長島に着きました。飛行機が飛んでいる様子がすぐ近くから見られます。

夜になると、ここには、飛行機の離発着を車に乗って見物に来るカップルが集まるそうです。何かいい雰囲気が出るみたいです。

昼間でも、ダイビングやシュノーケリング、ウインドサーフィンを楽しむグループが見えました。

お昼ご飯は、糸満市の平和記念公園のガジュマロの樹の下で、「エン万弁当」のお弁当を皆さんで食べます。

お弁当は、ひとつ400円で、幕の内弁当のように、あれやこれやたくさんの食材が揃っています。

沖縄は気温が高いので、生ものは少なく、炒め物、揚げ物が多く使われています。

もう少し景色の良い、海の見える高台が希望でしたが、平和記念公園は墓地なので、弁当を食べることは憚られ、公園に入る前にお弁当を済ませました。

公園の広場には、太平洋戦争の沖縄でなくなった方を石碑に刻んでいます。たくさんの戦没者なので、地域ごとに別れています。

恩納村前兼久の地区を探し当て、見つけて、一緒に名前を読みました。

上間光元さんの家族の方も、名前が戦没者の中に刻まれています。上間光元さんは、戦没者に対して、手を合わせて、平和を祈念しています。

2005年8月にも、この「平和の礎」を訪問しています。

喜屋武岬

その後は、岬が見える中央の広場に行って、集合写真の記念撮影ですが、集合写真を撮るという案内をしていなかったので、皆さん、バラバラに散らばっていて、カメラの前に全員が集まったわけではありません。

向こうに見える美しい岬は、喜屋武岬です。

第二次世界大戦末期の沖縄戦のときには、自決のために岬から飛び降りた多くの悲しい物語が残っています。

2007年9月に、松葉博雄の奥さんが金城千賀子さんと、お友達のトモコさんの3人で行ったことがある、糸満観光農園のワイン工場に着きました。

ワイン工場で有名なのは、ブドウを使ったワインではありません。

パッションフルーツとか、アセロラの果汁からワインを作っています。

甘口のワインで、飲みやすく、アルコール度は、12度ぐらいの柔らかいワインです。

ビールよりは、はるかに強いアルコール度なので、ビール感覚でたくさん飲むと、すぐにフラフラと酔っぱらってしまいます。

ワイン工場の後、芝生の広場では、馬が繋がれていて、有料で馬に乗ることが案内されています。

馬を見に行っています。片山正喜さんは乗馬が得意なので、馬の顔も見たらどんな性格の馬か分かるそうです。

今、繋がれている馬は、雌馬で、比較的年齢が高い馬だそうです。馬の側に近づくときには、馬がおびえないように、馬の視界から近づいて、決して後ろから近づかないようにと言われました。

馬は、不安になると、足で蹴ることがあり、当ると骨が折れるほど、強烈なパンチだそうです。

朝日会の皆さんは、馬を見るだけで、乗る人はいませんでした。もちろん、乗ると言っても、手綱は掛かりの人が引いて歩くだけで、西部劇や映画のように、馬を乗りこなせる訳ではありません。

次の訪問地は、「沖縄ワールド」の玉泉洞に向かいます。

ワイン工場の近くには、風力発電機がゆっくりとプロペラを回しています。

近くで見ると、風を捉えるように、プロペラの先端にも、工夫がなされていました。小さな風でも周り、強い風には飛ばされないように、調節がされています。

バスの中では、またカラオケが始まっています。最初は、昔懐かしい、「骨まで愛して」から始まっています。

片山正喜さんは、暗い曲が続くと、明るい曲に戻そうと、賑やかな曲や宴会ソングを選びます。あっと驚いたのは、「コーヒールンバ」の選曲です。

西田佐知子さんとか、フリオ・イグレシアスが歌っていたことを思い出します。

 

2008年11月30日(日)

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