沖縄離島の守り方 伝統と自然を守る久高島と大型リゾート開発に未来を託す瀬底島

投稿No:7904

久高島の土地は島民全体のものです。瀬底島の土地は、土地所有者のものです。島の文化と自然、そして生活を守るには、どちらが優れているのでしょうか? 第167回沖縄訪問(14)

リゾート開発推進か自然保護か

沖縄の素晴らしい海やビーチ、亜熱帯植物が茂る丘は、内地から見ると、南の島に訪れる、格好のリゾート地です。

この沖縄のリゾート地に、本土からリゾート開発の手が伸びていきます。

リゾート開発の勢いに対して、二つの対照的な選択があります。

瀬底島対久高島

一つは、リゾート開発に任せる沖縄本島の本部から離れた瀬底島です。

もう一つは、琉球王国発祥の地といわれる久高島です。

瀬底島と久高島は、リゾート開発に対して、対照的な対応をしています。

二つの違いは、沖縄の伝統を守る久高島と、地域の発展を願う瀬底島です。

とても気になる選択なので、久高島と瀬底島はこれまで何度も訪問しています。

瀬底島のリゾート開発

2018年7月に自由な開発に翻弄されている瀬底島に来てみました。

瀬底島の浜辺からは、向こうに伊江島がみえます。

瀬底島の浜辺は、少し深いところに行けば、熱帯魚や珊瑚礁がシュノーケリングで楽しむ事ができます。

最近の瀬底島のリゾート開発について調べてみました。

瀬底島リゾート開発は2015年当時では、UDS(小田急・コクヨ)が建設をになっていましたが、その後行き詰まって放置されています。

2018年6月にはこれまでのリゾートホテルとは別の場所で新たなリゾートホテルの計画が発表されました。

外資がリゾート開発推進

森トラスト株式会社(東京都港区、代表取締役社長:伊達 美和子)、

ヒルトン・グランド・バケーションズ(米国フロリダ州、社長 兼 最高経営責任者:マーク・ワン)

およびヒルトン(米国バージニア州、取締役社長 兼 最高経営責任者:クリストファ J. ナセッタ)は、

沖縄県瀬底島において推進中の『(仮称)沖縄瀬底プロジェクト』の地鎮祭を、本日 2018 年 6 月 26 日に執り行い、着工しましたのでお知らせいたします。

計画地は、沖縄本島の本部半島から瀬底大橋でつながる瀬底島の西端に位置し、

美しいサンセットビューと国内屈指の透明度で知られる全長約800mの瀬底ビーチに面しています。

周辺には人気観光スポットの沖縄美海水族館や、世界遺産である今帰仁城跡があり、

大型クルーズ船に対応した旅客施設の整備が予定されている本部港にも至近であることから、

沖縄を代表する観光エリアとして、将来のさらなる発展が期待されています。

本計画は、森トラストが開発を担当し、

ヒルトンが約 300 室のホテルを運営、ヒルトン・グランド・バケーションズが 132 室のタイムシェア・リゾートを所有、運営するもので、

ホテルについては 2020 年、タイムシェア・リゾートについては 2021 年の開業を予定しています。

ホテルおよび、タイムシェア・リゾートは、いずれも視界をさえぎるものがなく、

美しい海を一望出来る全室オーシャンビューとなっており、海に沈む夕日を楽しむことができます。

ホテルには 2 つのレストランとラウンジ、バー、チャペル、会議室、スパ、フィットネス施設、ビーチハウスなどを備え、

また、タイムシェア・リゾートでは、各部屋にキッチンを完備し、

専用プールなどリゾート内の全施設が利用出来るなど、国内外の様々な方々に快適な滞在を提供します。

2017 年の沖縄県の入域観光客数*1は 939 万人(前年比 9%増)と、

5 年連続で過去最高を更新しました。

今後、沖縄が世界水準のリゾートとしてさらに発展するためには、

短期滞在から長期滞在まで様々なゲストの方々をお迎えすることが必要であるといわれており、

本計画によって多様な滞在需要の受け皿を整備することで、

沖縄の観光産業のさらなる発展に貢献してまいります。

(2018年6月26日 モリトラストHPより)

瀬底島の荒れ果てた、自由勝手なリゾート開発の無残な結果

2018年7月に瀬底島を訪れました。

放置されたリゾートホテルのすぐ前には、瀬底島の美しいビーチが広がっています。

瀬底島のビーチは関係者が管理して、海水浴シーズンになると、駐車料を一日千円徴収していました。

浜辺は遊泳地区が制限され、ほんの狭い僅かな場所でしか海には入れなくなっていました。

これでは瀬底島の綺麗な海を堪能できません。

シュノーケリングを使ってあちらこちら自由に泳げた時のことを、あのときは良かったと思い出します。

瀬底島のビーチは、リゾートホテルが狙っている場所だけではありません。

他にも、地元の人達が利用するビーチもあります。

瀬底島の荒れ果てた、自由勝手なリゾート開発の無残な結果を見ると、

瀬底島の人達の土地に対する考え方に、もっとなんとかならないものかと思います。

日本中の海岸は、国民の物です。

ビーチを私有地で囲って、ビーチに侵入できなくする事自体は、許されることではありません。

2018年7月22日(日)

ここからは、久高島の思い出です。

久高島では、自転車が頼りです。久高島のイシキ(伊敷)浜で生まれた、ウミガメが戻ってくるように、私もイシキ(伊敷)浜に思い出を追いかけて、戻ってきました。第121回沖縄訪問(8)

久高島の人口と土地制度

久高島には約180人の人が暮らしています。

久高島にはこの島特有の制度があります。

それは、土地の私有を認めていないことです。

土地は住民の全体のものであるとしています。

地域の土地は字(あざ)が管理します。

家を建てる時は、あざの総会の許可を得て立てます。

島を出るときには、土地は字に返します。

この考えの基本に、土地は神様から借りていると共通認識しています。

従って、土地の売り買いも、土地を担保にすることも個人では出来ません。

久高島では1988年に『土地憲章』を憲章し、土地の総有を明文化しました。

土地憲章が出来る直前までは、久高島にも大量のマネーが流れ込んで、島の生活と自然を守る事への危機がありました。

久高島は伝統的な自然崇拝が島の各地に残る不思議な島です。

久高島が経済の変動によって島の自然が乱開発されることのないように、

島民全体が乱開発を防ぐ土地憲章を制定できたことはすばらしいことだと思います。

 

こんな所に来たかった、と思うようなまっすぐ伸びたみはらしの良い道を進んで、イシキ(伊敷)浜を目指します。

移動は自転車です。時折、自転車を降りて写真を撮りながら進みます。

なぜイシキ(伊敷)浜を目指すのか、それは、長女と一緒に来た思い出、

長男と一緒に泳いだ思い出などがあるからです。

ここにもアメリカ軍が、放出した軍事物資が、残されてありました。

飛行機の部品を使って、カヌーを造っています。

イシキ(伊敷)浜の入り口には、祭事用の整えられたスペースがあります。

細い道を下っていくと、イシキ(伊敷)浜です。

子どもたちを連れてきた、懐かしい場所です。

ここにも拝所があります。イシキ(伊敷)浜は聖域なので、汚すことは厳禁です。

遊泳も、できたら控えめにすることをお勧めします。

頭の中にあった思い出が、よみがえってきます。

確かにここで、子供たちと遊びました。

少し残った記憶は、現実に目の前にある、礼拝所を示す小さな柱に、

「御先」と書いてある文字を読んで、記憶が正しかったことを確認しました。

イシキ(伊敷)浜は、五穀が入った壷が流れてきて、それから久高島、

沖縄本島へと穀物が広まったとされる伝説の場所です。

道をおりると拝所があり、海岸には祭祀用の整えられた場所があります。

捧げ物を置くためのような、台もあります。

久高島の白いダチョウの卵か、鶏の卵か、それとも恐竜の卵なのか、

なんとなく卵と思うような、大小様々な丸い、楕円のものもある石には、

驚きます。

これは、浜辺に打ち上げられた珊瑚石です。

ここから、海の向こうのニライカナイを拝むところです。

こんな所に来たかったと叫びたくなるような美しさです。

植物が豊富です。浜をあちこち見て回りました。

久高島には、たち浜、ぴざ浜、めーぎ浜と数カ所浜がありますが、イシキ(伊敷)浜が一番いいです。

久高島の直射日光は、クラクラとするほど暑いはずです。

ところが2010年の夏は、神戸や関西の方が暑いのです。

梅雨明けから続く酷暑で、暑さに慣れてしまって、久高島の直射日光が以前程くらっと来ませんでした。

島を自転車で一周すると心地よい疲労感があり、のども渇き、ビールもいい

けどかき氷の方がいいということになり、島では港の方がお店が固まっているので、港の方に移動しました。

徳仁港の方にいくと、郷土料理のお店があります。

一番近くのお店で、かき氷を食べました。250円です。

炎天下のかき氷は、乾いた喉を癒してくれます。

炎天下のかき氷は、上昇した体温を下げてくれます。炎天下のかき氷は、

お金があれば涼しさが買えることを実感させてくれます。

ちょっと一言言えば、もう少しイチゴの濃度が濃い方がいいと思いました。薄めすぎです。

久高島の思い出はこれで終わりです。

瀬底島は土地売買は個人の自由

 これに対して、瀬底島は島の土地は土地所有者の意思により自由に売買されています。

むしろ、土地開発により、瀬底島発展の道を模索し続けてきているようにも見えます。

2017年11月には、東京の大手不動産会社である森トラストにより、

2020年に瀬底島に大型リゾートホテルが開業する企画が発表されました。

これまで瀬底島は、1980年代後半と2000年代に二度大規模な開発計画が持ち上がりました。

しかしいずれも、実現されていません。

瀬底ビーチに面した丘には、建設途中で放棄された建物が今も無残な姿をさらしています。

瀬底島の住民の期待は、ホテルが稼働すれば、雇用の機会が生まれることと、ホテルへ地元産の農産物が使って貰えること、そして多くの観光客が瀬

底島を潤してくれるという期待があります。

瀬底島にはこれといった産業がないため、若い人は島を離れ、他の地域に出

て行く人口流出現象が起きています。

かつて、3000人ちかくいた瀬底島人口は、現在は約800名にまで減少しています。

まとめ

久高島が選択したように、伝統を守って暮らすのか、瀬底島の選んだよう

に、大型リゾートホテルに将来を託すのか、

それぞれ住民が決める事ですが、瀬底島の選択は島の自然を壊すことによっ

てのみ実現される選択のように見受けられます。

自然は一度壊せば、元に戻るには何世代にもわたる修復が必要になってきます。

どちらの選択が後の世代から評価されるのか、まだまだ時間経過が必要です。

2010年8月25日(水)

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