前世からの因果なのか、磯辺で蟹とコミュニケーションしました。

潮が引いた磯に、小さな蟹が残っていて、逃げることなく私と対峙していました。

春のお彼岸の頃、不思議な気持ちに包まれたことがあります。

海岸で、海を見ながら、ぼんやりとしていました。

遠くの海を見るときは、焦点は無限大になりますが、心も無限大になるような、何も考えない状態になります。

手元を見ると、潮が引いた岩場に、小さなカニが下の方からこちらをずっと見つめています。

蟹の習性は、人が近づくと、すぐに岩の影に隠れてしまうのが普通です。

それが、この蟹は逃げることなくじっとこちらを見ています。

遠くの海を見ながら、気持ちを無限大にして、考える事もないようにぼんやりとしいると、手元の蟹を捕まえようとか、捕獲しようという気持ちにはなりませんでした。

私が見つめているだけで危害を加えなかったので、蟹も逃げることなく、体勢は同じような状態が続いています。

この蟹は、私の事を認識しているのだろうか、人とも思わず、物として見ているのだろうかと、蟹の態度に疑問が湧いていきました。

大海原と、その先に続く水平線をじっと見て、時々は、手元のカニに目を落とすという、遠くと近くを交互に見るような状態でした。

かには、逃げようともせず、むしろ、私に何かを伝えたいような、そんな気持ちに思えてきました。

蟹の左手は、時々私に向かって動かしています。

まるで、何かを合図しているような仕草です。

ふと思ったのは、この蟹は、前世で私と何か関わりがあったのではないかと、思えるようになって来ました。

蟹として見ないで、人として見てみると、見え方が変わってきました。

わざわざ、この機会を見つけて、私に近づいて、私に何かメッセージを送りたそうな雰囲気です。

このように考えると、もう蟹は蟹でなくなり、知り合いか、知人か、あるいはお世話になった人の生まれ変わりではないかと思えてきます。

蟹も、逃げないで私の側で、私をじっと見つめていたから、やっとコミュ二ヶーションをとれるようになったかと、そう思えるゆとりのある姿に見えます。

蟹の言葉はわかりません。

何を言いたいのかは、蟹の仕草を見て、判断するしかありません。

持っている手荷物の中に、何かカニに差し上げるような、好きそうな物はないかと探してみました。

食べ残しのお菓子があったので、小さくつぶして、バックの上にばらまき、蟹に勧めてみました。

蟹は、逃げることなく、バックの上に上ってきて、小さく砕いたお菓子を、両手で器用に掴みながら、食べています。

やはりこれは、前世でご縁があった人だなぁと思えるようになりました。

こうなるといとおしくなり、この場をなかなか去りがたくなります。

時間が来たので、カニに元の住処に戻るように促して、この場を立ち去りました。

2018年3月日()

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