国指定記念物 塩川は、海岸線より150mの陸地内部にあって、海面上129mから142mの岩間から常時塩水を湧水している世界でも二つしかない珍しい川です。 『子を送る 親の情の 合図森』(昭和十六年 高等二年 新城カツ)の、悲しい気持ちが伝わってきました。

国指定記念物 塩川は、海岸線より150mの陸地内部にあって、海面上129mから142mの岩間から常時塩水を湧水している世界でも二つしかない珍しい川です。 第152回沖縄訪問(19)社長ブログ/沖縄ブログ/恩納村ブログ/恩納村リゾート生活

恩納村を出発して、

瀬底島から本部に戻り、

もう少し幹線道路から奥に入った、

集落を廻りたいと、

車を山側の方に進めています。

こんな所に神社があり、その先には、

イングランドガーデンの案内があったので、

イングランドガーデンとは、どんなものなのか、

好奇心に駆られ進んでいます。

イングランドガーデンは、個人の家なのか、

お庭に入ることは出来ませんでした。

その近くに、

崎本部小中学校がありました。

きままなドライブの行き先に、

崎本部農村公園

案内看板には、『我が心のふるさと エージモー』と、

表記されています。

崎本部の集落は、イナガー・グシクー・ヤマンガーなどの

山々で囲まれ、前方に海原が広がっています。

エージモーに登ると、眼下に瀬底島と、

その右後方に伊江島が見え、左に目を転ずると、

残波岬から恩納岳にかけての稜線が展開し、

さながら一幅の絵のような美しい風景です。

崎本部小中学校 第十一期卒業生の、記念植樹です。

六十路越し 集いて植えし 桜木に 託す思いは 共に幸あれ(崎浜秀通 作)

と、記載されています。

『子を送る 親の情の 合図森 昭和十六年 高等二年 新城カツ』 

この詩の意味は、きっと太平洋戦争に出征する我が子を、

親がこの台から見送るからねと、

子供に言い聞かせて、

戦地に送り出した親が詠った詩でしょうか?

御大典記念(ごたいてんきねん)の石碑です。

御大典とは、天皇の即位のことで、

この石碑は比較的新しいので、

平成天皇の即位時に建立されたものと推測できます。

展望台の展望閣があり、そちらに行ってみます。

展望閣から見る景色は、

気持ちが晴れやかであれば、

美しく見え、気持ちが沈んでいれば、

どんよりとした景色に見えると思います。

先ほどの、戦地に子供を送り出す、

親の重苦しい気持ちであれば、この景色も、

戦地に続く、戦場に続く、

重苦しい光景に繋がると思います。

安倍晋三元内閣総理大臣は、

これから集団的自衛権を含む、

安保法制の制定を目指しています。

この先、日本の国は、どのように変わるか、

予断を許しませんが、300万人以上もの死者を出した、

第二次世界大戦の悲しい現実を、

市民の塗炭の苦しみを忘れてはいけません。

本部から前兼久に戻る途中、

天然記念物 塩川によってみます。

塩川(しおかわ)は、

沖縄県国頭郡本部町字崎本部塩川原にある全長約300m、

川幅4mほどの小規模な河川であるが、

日本国内ではで唯一塩分濃度の高い河川として、

沖縄返還当日の1972年(昭和47年)5月15日に、

国の天然記念物に指定されました。(wikipediaより

国指定記念物 塩川のこの川は、

海岸線より150mの陸地内部にあって

海面上129mから142mの岩間から

常時塩水を湧水している世界でも珍しい川です。

表示では、世界に二つしかない、

天然の珍しい潮が流れる川なのです。

この塩川の、塩分を含む水の湧出機構については、

岩塩層説、サイフォン構造説、

地下空洞説など色々ありますが、

確定的なものは未だに解明されていません。

一般的に樹木は、吸収する水分の塩分濃度が高いと、

枯れてしまったりするのですが、

この塩川の周辺の樹木は特に塩害もなく生育しています。

なぜ樹木が塩分に弱いのかというと、

水の分子は、濃度の低い方から

高い方へと移動する性質があるので、

塩分濃度の高い水分を含む土から、

塩分濃度の低い樹木が、水を吸い上げにくくなり、

木が脱水症状を起こして、枯れてしまうのです。

不思議なことに、

塩川の周辺の樹木には被害がありません。

マングローブなどは、

塩分に強いというので、周辺に生えている樹木が、

塩害に強い品種なのかもしれません。

塩水の流れる川は、世界でもここ「塩川」と、

プエルトリコの二カ所しかなく、貴重な川です。

この流域において許可無く現状を変更し、

または保存に影響を及ぼす行為をすることは、

法律で禁じられています。

とっても珍しい自然現象を見て、

これから前兼久に帰ります。

沖縄の集落に入っていくと、

第二次世界大戦で亡くなった方や、

民間人でありながら、戦争に巻き込まれて、

塗炭の苦しみを経験したことを忘れないようにと、

いくつもの記念碑や、反省の石碑に出会います。

安倍晋三元内閣総理大臣は、

これから集団的自衛権を含む、

安保法制の制定の中に、

一定のブレーキも用意して欲しいものです。

2015年4月13日(月)


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