松葉博雄の社長研究室
松葉博雄のインド巡礼記
サルナートでブッダの石像にブッダの悟りを求めて、日本に持ち帰る:インド巡礼記 第20話
サルナートの博物館の外に出てみると、広場ではたくさんの土産物を売るお店があります。どれもその日でたためるような簡易売店です。
売店の主な土産物は、当然、仏教徒の巡礼者に対して興味が湧きそうなブッダに関する物や、仏教の経典に関する物が中心です。
奈良の東大寺の門前でも、大仏のミニチュア仏像を販売しているように、サルナートの博物館前でも、ブッダの石像を並べています。
よく見ると、それぞれが出来映えが違っています。一つ一つ手彫りなので、制作者が違えば雰囲気が違っています。
一つめの店では、大理石に彫刻したブッダの頭像を選びました。顔の表情は、先ほどの博物館で見た5世紀の頃の仏像とは違い、頬が張り、栄養の行き届いた中国風のお顔です。
この頭像を20ドルで買いました。13pぐらいの大きさですが、持ってみると、小さくても大理石の重さを感じました。
次のお店では、先ほど見た初転法輪像を選びました。これも石像ですが、それぞれの石の質によって、ブッダのお顔の表情が違って見え、あれも欲しい、これも欲しいと思ってるうちに、5つの石像を、座像が15ドル、1ドル、8ドルと合計5つ買いました。
合計62ドルを払うことになります。
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ブッダは、悟りを開いた後に、元の従者である修行者仲間と、鹿野苑(サールナート)で会い、ブッダの悟りの内容を、初めてこの地で説法しました。この5人の弟子達は、交代で3人が托鉢に出ると、ブッダは2人の修行僧にマン・トゥー・マンの指導をしたと言われています。
ブッダにとってみると、初めてブッダ自身の悟りを教えることになるので、教え方も十分にわからないまま、弟子達とのぶつかり合いが行われ、相手の理解力に合わせた対機説法を行ったと伝えられています。そして、弟子のうち、ブッダの悟りが理解できて、「わかってくれた」ときの嬉しさから、「わかった(アージュニャータ)」と叫んだそうです。
買っている間に、アーナンダ氏が引率するツアーの一行が、先に行ってしまい、気がつけば、松葉博雄は、一人残ってしまったようです。 さっき来た方向へ走ってみましたが、見当たらないので、今度はバスがたくさん駐車している方へ戻ってみても、駐車場には別のバスしかいません。 慌てて違う方向へ走ってみると、やっとのことで日の出ツアーの岡田氏が私を探しているのを見つけました。 |
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彼は、バスはあっちですよと、元来た方向を指差すので戻ってみると、バスはいません。 どうなっているのかと、少しいらいらして、また岡田氏の方へ戻ってみると、バスは反対の方へ移動したということです。 このガイドの岡田氏の頼りなさに呆れます。 |
ツアーコンダクターは最後の人が出るまで人数を確かめるべきですが、岡田氏は人数チェックをきっちりしていないように思います。
しかし、皆を待たせたのは私なので「すいません」と謝ってバスに戻ります。
岡山の写真同好の4人のグループも別行動をしていたので、バスを探すのに困ったようです。
サルナートの後は、婦人服の布地であるサリーの工場の見学と、サリーを販売する売店へ寄ります。
ここでは、インド絨毯を織っています。絨毯を織っていた老人は盲目のようで、手先と足先の勘だけで織っています。まだ幼い5,6歳ぐらいの子供も一緒に絨毯を織っています。
大人の指は大きいので、手織りで絨毯を織るときは、織機に大人の指が入らなくなる部分があるので、子供の手でなければ、織れない部分があるとのことです。
工場を見せてもらい、手間暇かけてしっかりとした技術のうえで布地を作っているのを見たので、、お土産用に布地を買うことにしました。
風呂敷ぐらいの衣地のバティックの大を8枚、小を7枚買い、合計88ドルを65ドルにしてもらいました。
インドを回れば、人の多さに圧倒されます。貧富の差にも驚きます。今日の工場でも、小学校に上がるか上がらないかの幼い頃から仕事に就き、ずっとその仕事を一生の仕事とし、芸術的な水準まで上げていきます。
一人一人の話しを言葉がわかれば、聞いてみたい、尋ねてみたいことがあります。仕事に対する考え、仕事の上で楽しいこと、工場主や職場の仲間達との話題などは何をしているんでしょうか。たくさん土産物が売れると、ご褒美はどんな形で出るのでしょうか。答えはわからないまま、お土産に買ったバティックは、丁寧に包んでもらい、持って帰りました。



