松葉博雄の社長研究室
松葉博雄のインド巡礼記
はじめに:インド巡礼記 第1話
皆さんには何か歌の思い出はありませんか。あの曲を聴くとその関連で何かを思い出す。何かの思い出と曲が連想することです。
私は、布施明の「霧の摩周湖」を聴くと、インドの仏跡を旅行した時のことを思い出します。
なぜ、「霧の摩周湖」とインドが結びつくのでしょうか。私以外のヒトには理解できないことだと思います。最近、何かのきっかけで「霧の摩周湖」をふと聴きました。
♪「霧に抱かれて静かに眠る……霧の摩周湖」(※注意:音が鳴ります)
私はまだ摩周湖を訪れたことはありません。
憧れにはしていますが、なかなか機会がありません。「霧の摩周湖」は今では自然環境保護のために周辺への立ち入りが制限されているそうです。きっと静かに眠る摩周湖の夜は今でも素晴らしいのではないかと想像しています。
さて、インドに何をしに行ったのかというと、それは、「真理」を求めて行ったのです。
なにが真理なのかわからないまま日の出旅行社(仮名)の広告を見たときに「インド巡礼の旅〜真理を求めて〜」のキャッチコピーに惹かれたのです。
その当時、まだ3人の子供達は幼く、私が年末年始のお休みを利用してインドに行くことを言った時、一番下の幼い息子は、お父さんがいなくなるのでつらくて泣きました。
泣く子をなだめるために、私はインドに行くとお土産に象の卵を買って帰るからと、いい加減なことを言ってしまいました。
私の不在のときに、幼い子供達は象の卵がうちの家にきたらどうしようかとダンボールで小屋を作っていたそうです。
後から、亡くなった母に幼い子供にそんな嘘をつくもんじゃないとえらく叱られました。
真理を求めながらも、随分と勝手なことを言ったものです。
このようなレベルで果たして真理は求められるのでしょうか。そして、私のインドの巡礼の旅はどのようにして「霧の摩周湖」と繋がるのでしょうか。
さて、これからゆっくりとこの思い出の話に浸りたいと思います。